『リンカーン』 猫背の大統領
僕はアメリカ史に詳しくないので、『リンカーン(原題:Lincoln)』に出てくる奴隷制維持派の民主党は現在の民主党とは別の政党とばかり思っていた。実は同じ党なんですね。北部の都市労働者やアフリカ系など中・低所得者層を基盤にした福祉重視の党という現在の姿(最近は変質してるが)は大不況下、民主党ルーズベルト大統領のニューディール政策以降のもので、それ以前の内実は別の党だったといってもいいくらい。
ちょっと調べてみたら民主党の起源は、イギリスから独立して合衆国憲法を制定する際、憲法賛成の多数派(フェデラリスツ=後の共和党につながる)に対する憲法反対派のアンチ・フェデラリスツ(その後、リパブリカンズと称し民主党につながる)にさかのぼる。アンチ・フェデラリスツは南部の大農園主、新たに開拓された西部の小農民層、負債者層を支持基盤とし、奴隷制維持を主張していた。その主張を継いだ民主党は19世紀前半ずっと政権を握っていたけれど、奴隷制廃止を主張する共和党のリンカーンに敗れ、南部11州が連邦から脱退して南北戦争が始まった。
映画の冒頭はその南北戦争で北軍の勝利が見え、南軍との和平交渉が始まろうとするところ。和平交渉が始まる前に憲法を修正して奴隷制廃止を宣言しようとするリンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)の政治行動と、家庭人としてのリンカーンの姿。それは子供向け偉人伝の神格化されたリンカーン像とはずいぶん違う。
もともとリンカーンは奴隷制に関しては穏健な反対派で、奴隷制を維持する州に干渉はしないが、新しく州になる地域に奴隷制を拡大するのは反対という態度だった。一方で、即時にすべての州で奴隷制を廃止しようとする急進派スティーブンス(トミー・リー・ジョーンズ)もいる。だから映画のなかで、スティーブンスはリンカーンが妥協するのではと不信の目で見、一方のリンカーンもスティーブンスが急進的な原則論をぶつことで、賛成か反対か迷っている民主党議員が離反してしまうのではと恐れている。
審議が行われる下院で、北部の州は共和党が強く奴隷制廃止を主張する議員が多いけれど、西部や南部に近い州では奴隷制維持の民主党も強く、このままでは20票足らない。リンカーンはロビイストのビルボ(ジェームス・スペイダー)らを使って民主党員を切り崩しにかかる。当然、見返りも提示する。つまりは賄賂。
南部の和平交渉団がやってきたのを議会から隠し、奴隷制廃止を可決する前に和平交渉が進まないよう図る。当然、戦闘はつづき、両軍に死者が出る。リンカーンは「奴隷制廃止のために、どれだけの兵士を犠牲にするのだ」と責められる。奴隷制廃止という理念と、戦闘で日々積み重なる死者との間で、どう優先順位をつけるかに迷い、またその理念を実現するためにはダーティな策も厭わない、そんな政治家の像。
家庭でもリンカーンは責められている。妻のメアリー(サリー・フィールド)からは、息子を従軍させて死なせたらあなたを許さないと責められている。一方、息子のロバート(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)からも、自分は従軍して戦いたいのにそれに反対するのはおかしいと責められている。
ダニエル・デイ=ルイスのリンカーンは、責められ迷う大統領。ルイスはそんなリンカーンの姿を、いつも長身を折るようにする猫背の姿勢によって見る者に印象づけている。神格化された像ではない、生身の大統領。それがまた今の時代にふさわしい姿になっているあたりが、スピルバーグ監督の読みの確かさだろう。スピルバーグはあえて戦闘シーンを避け、スペクタクルではなく言葉による議論映画を志向している。映画としての面白さよりも、映画による教科書をつくる、これもスピルバーグのしたたかな計算か。
Comments
サリー・フィールドが奥さん役かと思うと、ますます見たくなくなります。かなり老けたと思うあの顔で、ガミガミ・・・勘弁して欲しいです。
Posted by: aya | May 04, 2013 03:55 PM
あははは、確かに。女優を見る楽しみはありません。ダニエル・デイ=ルイスも役者としてはすごいけど、男としての魅力はどうかな。
Posted by: 雄 | May 04, 2013 04:46 PM
「存在の耐えられない軽さ」は、つまらなくて役者も嫌いで、腹が立った映画でした。ダニエル・デイ=ルイスに色気ってあるのかな。まな板みたいな顔して。
Posted by: aya | May 05, 2013 01:42 PM
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のデイ=ルイスは素晴らしかったけど、男としての魅力とはちょっと違うかも。まあ僕が男だからかもしれませんが。
Posted by: 雄 | May 06, 2013 11:00 AM