『奪命金』 金は命を奪う
Life without Principle(film review)
上空のヘリから香港の町並みが俯瞰される。建物に近づく。無線の交信音や街の雑音が画面の背後から聞こえてくる。カメラが切り替わると建物のなか。あたりに血が飛び散っている。これ、ハードボイルドやノワール映画の定型ともいえる導入部。
『奪命金(英題:Life without Princeple<H.D.ソローに同名の本がある>)』はこんなふうに始まる。「金融サスペンス」とキャッチがつけられてるけど、いつものジョニー・トーと変わらない。3人の主人公たちの物語が交わることなく進行する。
チョン警部補(リッチー・レン)はファーストシーンの傷害事件を捜査しつつ、私生活では妻(ミョーリー・ウー)と新しいマンションを買う相談をしている。銀行で金融商品の営業をしているテレサ(デニス・ホー)は、無知なおばさんに高リスク商品を売りつけたり、融資の相談に訪れたチョン警部補の妻や高利貸しチャンの相手をしているが、成績は上がらず上司からプレッシャーをかけられている。お人好しのヤクザ、パンサー(ラウ・チンワン)は逮捕された仲間の保釈金をつくるため、知り合いから恐喝まがいで金を集めている。
3人の男と女がどう絡んでくるのか、しばらくは見ている者にまったく分からない。それだけでなく、物語が時間を追って進行しているのでなく、冒頭のシーンから逆に過去に遡っていることが、しばらくして分かってくる。映画の中盤あたりで冒頭のシーンが繰り返され、観客はそこでようやく物語が円環していることを理解する。そんなたくらみが、いかにもジョニー・トーらしい。
そんなとき、ギリシャ債務危機から株価が暴落する。テレサは損をした客から責められる。チョン警部補に内緒でマンションを仮契約していた妻は、返済について不安に襲われる。パンサーは、大陸マフィアの金を投資して大損をした兄貴分を手伝って、高利貸しチャンを襲って金を強奪する破目に陥る。チャンが現金化した500万香港ドル(5500万円)をひょんなことから預かったテレサは、チャンが殺されたことを目撃し、その金を横領する誘惑に駆られる。
銀行で金融商品を売るテレサの仕事ぶりが詳しく描写されたりはするけれど、それ以外はいつものジョニー・トーのノワールと変わらない。考えてみれば犯罪の原因の多くは金(と異性)だから、株価暴落がノワールに取り込まれても不思議はないわけだ。さらに血が流れ、死体がころがり、いくつかの偶然が積み重なってテレサとチャンの手元に金が残る。
主役の3人、チョン警部補とテレサとチャンは最後まで顔を合わせ、言葉を交わすことはない。香港の街角で至近距離ですれちがうだけ。いかにもジョニー・トーらしいエンディングだね。
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