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January 31, 2013

ブルックリン・エールを一杯

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drinking Brooklyn Winter Ale

新宿で時間があくと、たいていここブルックリン・パーラーに来る。居心地のいいカフェだからだけど、それ以外にもいくつか理由がある。

まず、ブルックリン・ブリュワーズのビールが飲めること。ブルックリン・ブリュワーズは、5年前に1年間住んでいたブルックリンにある地ビールのメーカー。かつての工場地帯が若者の町として復活したウィリアムズバーグに工場があり、見学に行くと4ドルでラガー、スタウト、エール、ピルスナーなどを試飲させてくれる。今日は冬季限定のウィンター・エールを一杯。飲むと香り豊かな苦味が口に広がり、喉を通った後は甘味が残る。あっさりした味わい。

僕の知ってる限り、東京でブルックリン・ブリュワーズを飲めるのはこの店だけだ。Bの文字をデザインしたロゴを見ると無性に懐かしくなる。ブルックリンの住民にはマンハッタンへの対抗心と独特のブルックリン愛があって、このロゴを掲げて地ビールを飲ませるレストランも多い。

ついでに言うと、ブルックリンにはブルックリン・インダストリーズというファッション・ブランドもあって、僕はここのバッグを今も愛用している。でもこれもいかにもローカルなブランドで、マンハッタンの住民に聞いても知らない人が多い。日本で、「お、ブルックリン・インダストリーズ」と言われたことは、もちろんない(って、僕も多少ブルックリン愛に染まってる)。

二つ目の理由は、ここは本屋でもあること。数は少ないけれど、写真やアート関係の単行本や雑誌が揃っていて、テーブルまで持ってきてながめることができる。今日は畠山直哉の写真集『気仙川』をじっくり見た。

もうひとつの理由は、夜にはDJが入っていい音楽がかかること。ごひいきのジャズ・ミュージシャン、菊地成孔も月に1度ほど出演して、おしゃべりを封印して曲を選んでいる。かける音楽はジャズではありませんけど。

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January 28, 2013

うっすらと雪

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being covered with snow slightly

朝起きたら、うっすら雪が積もっていた。この冬2度目。梅の蕾はまだ固い。

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万年青に赤い実がひとつ。


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January 19, 2013

溶ける雪だるま

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melting snowman

大雪から5日。浦和は連日低温で日陰には雪が残っている。今朝も零下4度、昼になり日差しがあっても風は冷たい。保育園の庭に雪だるまが溶けかけていた。

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近くの二度栗山、88ケ所巡りの石仏を集めた周辺にも雪が残る。


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『LOOPER/ルーパー』 カントリーSF

Looper
Looper(film review)

『LOOPER/ルーパー(原題:LOOPER)』はタイム・トラベルもののSFアクション。このジャンルのヒット作はなんといっても『ターミネーター』だけど、『LOOPER/ルーパー』も、未来から来た殺し屋が未来の指導者になるはずの子供を抹殺しようとする『ターミネーター』の設定を多分ヒントに、さらにひとひねりした設定になってる。そのひねり具合が面白い。

未来(2074年)ではタイム・マシンは非合法化され、犯罪組織のみがマシンを持っている。犯罪組織は証拠を残さず抹殺したい人間をタイム・マシンで現在(2044年)に送り込む。現在にはルーパーと呼ばれる殺し屋がいて、転送された人間を即座に射殺する。ある日、ルーパーのジョー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)に転送されてきたのは30年後の自分、オールド・ジョー(ブルース・ウィリス)だった。オールド・ジョーはジョーの隙をついて逃亡し、ジョーは30年後の自分を追うことになる。オールド・ジョーが逃げたのは、ある子供を殺すためだった……。

これが長編3作目の若手、ライアン・ジョンソン監督は脚本も書いている。追う者と追われる者が同一人物というアイディアを思いついたとき、しめたと思ったんじゃないかな。そこで鍵を握るのが現在と未来のジョーのキャスティング。ジョンソン監督は前作でジョセフ・ゴードン=レヴィットを使っていて、脚本を書くとき、現在のジョーはゴードン=レヴィットに宛て書きしたらしい。その上でオールド・ジョーにブルース・ウィリスを選んだ。

最初、ジョセフ・ゴードン=レヴィットとブルース・ウィリスは似てないじゃないかと思った。多少似てるのは目元くらいで、ジョセフは八の字眉、ブルースはいつも眉間に皺寄せてるし、顔の輪郭も違う。黒い髪をリーゼントふうになでつけたジョセフと、見事に光ってるブルースも対照的だ。でも映画の中ごろで、ジョーの5年後、10年後、20年後が描かれると、特殊メイクで見事にジョセフがブルースになっていく。最初に2人が顔を合わせたとき似てなかったのは計算づくだったのか。

面白かったのは、2044年の現在があまりSFぽくないこと。舞台になるカンザス・シティの町を、例えば『ブレードランナー』みたいにSF的につくりこんでない。車輪のないスクーターが出てくるけど、これもチープな感じ。町が2013年の今とあまり変わらず、でも貧困者が路上にたくさんいて、スクールバスを住まいにしていたりする。未来(2074)の犯罪組織の本部は上海に置かれているし、ルーパーとして大金を稼いだオールド・ジョーも上海で中国人の妻と暮らしている。この設定の背後には、中国が世界の中心になり、アメリカは貧しくなっているという苦い認識があるんだろう。

もうひとつ、へえと思ったのは、中西部のカンザス・シティという都市だけでなく郊外の農業地帯が出てくること。マシンで抹殺すべき人間が送りこまれてくる場所は決まってサトウキビ畑の脇にある。オールド・ジョーが目指すサラ(エミリー・ブラント。ちなみに『ターミネーター』のヒロインもサラだった)の家も農場を営んでいる。ラスト、現在と未来のジョーが対決する場面を含め、重要なシーンがどれもサトウキビ畑を舞台にしている。

これまで、タイム・トラベルものはほとんどといっていいくらい都市を舞台にしていた。それを農村地帯にしたことで、ある種のどかで、あまりSFぽくないテイストの映画になっている。だからこの映画を見て思い浮かべたのは『ターミネーター』や『マトリックス』ではなく、『フィールド・オブ・ドリームス』だった。あの映画はとうもろこし畑だったけど、やはり中西部。予算の問題もあるかもしれないけれど、監督が意識して選んだことだろう。今も昔も未来も変わらないであろう田園地帯の風景に、「現在」のカンザス・シティと「未来」の上海が組み合わされて、一風変わったテイストのSFになっていた。


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January 16, 2013

大島渚監督を悼む

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memories of Ohshima Nagisa

大島渚監督は、僕が10代の映画少年時代から遺作『御法度』を見た50代に至るまで、日本映画の最前線はここにあるぞと、いつも同時代の風を感じさせてくれる監督だった。

最初に見た作品はなんだったろう。『悦楽』(1965)だったか、『白昼の通り魔』(1966)だったか。公開時でなく後で見た映画もあるのではっきりしない。いずれにしても犯罪とセックスの話で、高校から大学に入ったばかりの10代には刺激の強い映画だった。川口小枝が佐藤慶に犯されるシーンなんか記憶に焼きついている。

大学に入った年には『青春残酷物語』『太陽の墓場』『日本の夜と霧』といった松竹ヌーヴェル・ヴァーグ時代の旧作を池袋・人生座で見て、その過激さに圧倒された。特に上映中止になった『日本の夜と霧』は60年安保の日共系と反日共系学生の対立を描いて、5社の商業映画体制のなかでよくこんな映画がつくれたとびっくりするような議論映画だった。

でも大島監督をいちばん身近に感じたのは『日本春歌考』(1967)だったろう。荒木一郎扮する高校生が東京へ大学受験に来て、ふらふらしながら何人もの女性とセックスするお話。荒木が吉田日出子扮する在日朝鮮人(と明示されていたかはっきりしないが)女性に出会い、彼女が訛りのある日本語で「あめのしょぽしょぽふる晩に…」と春歌を歌うシーンが素晴らしかった。

ちょうどこの年は建国記念日(紀元節)が国民の祝日として制定された年で、反対デモも画面に取り入れられている。でも荒木一郎たちは反紀元節の政治に興味を示さず、春歌とセックスに入れ込んでゆく。政治より性で権力に対抗しようとするアナーキーな大島渚のメッセージが強烈だった(この姿勢は『愛のコリーダ』でも明らか)。

受験シーンは即興だったらしく、荒木一郎が本物の受験生に混じって歩く場面は確か学習院大学で撮影されていた。この年は2月に大雪が降り、画面にも雪が映っていたので、ああ、あの日に撮ったんだなと分かった。荒木一郎は『893愚連隊』(中島貞夫監督)もそうだったけど、青春の空虚な気分をなんともリアルに感じさせて、同世代として共感を覚えたものだった。いい役者だったなあ。ともあれセリフも筋も即興的な姿勢は映画全体に貫かれていて、松竹時代の過激ではあるけれど正統派のドラマよりこっちのほうがよっぽどヌーヴェル・ヴァーグだと思った。

ジャーナリスティックな素材に、スキャンダラスな犯罪や性を絡め、それを実験的な手法で映画にするのが大島渚のスタイル。その後の『絞死刑』『新宿泥棒日記』『少年』『儀式』といった1970年前後の映画が、そうしたスタイルのいちばん充実した作品群として記憶に残っている。もちろん70年代後半からの『愛のコリーダ』『愛の亡霊』『戦場のメリークリスマス』といったあたりの成熟した完成度もすごい。でも1本を選べと言われれば、僕は19歳のとき見た『日本春歌考』を挙げたい。

何十年ぶりかで見てみたくなった。合掌。

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鬼瓦が落ちてきた!

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A gargyle on the roof falled because of the snow.

雪解けが始まった昨日の昼前、屋根から落ちる雪の音よりひと際大きな、どすんという音がした。庭を見に行くと、玄関脇の鬼瓦が落ちているではないか。

踏ん張らなければ持ち上がらない重さがあるけれど、積もった雪のためか幸い割れていない。屋根を見上げると、こんなになっている。

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鬼瓦は、固めた壁土から伸ばした針金で止め、さらにしっくいで丸い瓦に接着させていたようだ。昨日の雪は水分をたっぷり含んだ重いものだったから、その重みに耐えかねたんだろう。

わが家は築85年の古い家で、屋根は20年ほど前に葺き替えている。そのとき、「鬼瓦は傷んでないし、今の鬼瓦は薄っぺらいからそのまま使いましょう」という職人さんの言葉で、昭和3年の新築当時のものを使っている。

今朝、さっそく知人の紹介で職人さんが来てくれた。「雪というより、地震(東日本大震災)で傷んだのが雪で止どめを刺されたんじゃないかな。雪が解けたら、ほかも調べてみましょう」というのが彼の見立て。そうか。あの時このあたりは震度5で、家がぎしぎし音を立てて揺れた。一瞬倒れるかもと観念したほどだったから、その可能性はある。地震の影響が、時間をおいてこんな形で出てくるとは思っていなかった。


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January 13, 2013

『燃えよ! じじいドラゴン 龍虎激闘』 Viva!香港映画

Photo
Gallants(film review)

ブルース・リーの『燃えよ! ドラゴン』が日本で公開されたのは1973年だった。香港でのブルース・リー人気に目をつけたハリウッド映画だったけど、この映画をきっかけに香港クンフー映画が続々公開され、大ブームになった。僕がそのころ入れ揚げていたのは東映任侠映画で、だから香港クンフーに熱を上げたわけじゃない。ファン層も20代半ばのこちらより一世代若い10代が中心だった。それでも、ブルース・リーやマイケル・ホイの『Mr. Boo』や若きジャッキー・チェンの映画をそれなりに見ている。

ブルース・リーのブレイクをきっかけに香港映画の全盛時代がやってきた。クンフー映画だけでなく恋愛もの、青春ものやアクション、ノワールなど色んなジャンルの映画がつくられ、日本でも次々に公開された。でも1997年、香港の中国返還をきっかけに香港映画は停滞してゆく。

才能ある監督や役者がハリウッドに移ったこともあるけれど、一言で言えば中国本土に向けた映画が多くなった。市場の大きさを考えれば当然だけど、本土との合作も増え、結果として香港映画らしい特徴が薄くなってしまったのは否めない。無論、ツイ・ハークは香港映画の伝統を守っているし、ウォン・カーウァイみたいな才能はいるし、ノワールはジョニー・トーが頑張っているけれど、香港映画全体としてはかつての元気がないように見える。

『燃えよ! じじいドラゴン 龍虎激闘(原題:打擂台)』は、そんな香港映画が翳りを見せている時代に、かつてのクンフー映画のスターを集め、香港クンフーへのオマージュを捧げた作品。製作総指揮をアンディ・ラウが務め、監督は若手のデレク・クォックにクレメント・チャン。ただ過去を懐かしむ作品じゃなく、若手の役者と組み合わせたり、音楽もエンドロールで広東語ヒップホップが流れたり、過去と現在をつなごうとする姿勢がいいね。もちろん、かつての香港映画の定番がたっぷり盛り込まれている。

中心になるのは70年代に『帰ってきたドラゴン』などに主演したブルース・リャン、『嵐をよぶドラゴン』のチェン・クワンタイのじじい2人。これに『ドラゴンロード』のチャーリー・チャン、音楽家で役者でもあるテディ・ロビンの、やはり60代の2人が絡む。

不動産会社に勤める草食系の青年チョン(ウォン・ヤウナム)が上司に命じられ、地上げの手伝いに村へやってくる。地上げの相手は、茶舘を営むソン(ブルース・リャン)とセン(チェン・クワンタイ)の2人の老人。2人は、30年間昏睡しているクンフーの師匠ロー(テディ・ロビン)の面倒を見ながら、道場を茶館に衣替えして守っていたのだ。地上げしようとしているのはクンフー大会でひと儲けを企む龍青(チャーリー・チャン)。チョンはひょんなことから地上げする当の相手2人に助けられ、事情を知って彼らに弟子入りして(美少女もいることだし)、地上げしようとする龍青らとクンフーで対決する……。

背が低く、眼鏡をかけ、足をひきずり、帽子を脱がないので多分禿げている、どこから見ても冴えない年寄りのブルース・リャンが、いったんクンフーをやりだすと、きびきびした動きで拳と蹴りを繰り出す。その瞬間の意外性が痛快! リャンが決めポーズを取ると画面はが、が、がとクローズアップされ、拳を突き出すと画面は劇画っぽいアニメに変わる。遊び心たっぷり。

冒頭とラスト、2度にわたるクンフー対決の見せ場がある。最後、負けて倒れたリャンが突然笑い出す。それを見た相弟子のチェン・クワンタイも笑い出す。「戦わなければ負けない。でも戦う以上は勝て」という師匠の言葉に応えられなかったわけだけど、それでもからからと笑えるのは、彼らが歳を重ね、じじいになり、しかし戦わずに負けたのではなく戦って負けたからだろう。

30年の眠りから突如目覚める老師匠のチャーリー・チャンも怪演。30年たったことを知らず、若いチャンを弟子と間違えたり、若い女の子を口説いたり、カラオケで歌いまくったり、駄洒落を飛ばしたり。いかにも香港映画らしいキャラクター。

全編が能天気なご都合主義と、センスがあるとは思えないギャグと、臆面もないセンチメンタリズムにヒロイズム、そして根は健全で楽天的な精神と(どれも誉め言葉です)、全盛時代の香港映画テイストが満載だ。

中国語版wikipediaに、別バージョンの面白いポスターが載ってた。ブルース・リャンやチェン・クワンタイ、テディ・ロビンの姿がじじいでなく若い。香港の観客たちも、スクリーンの向こうにこういう姿を重ねて涙したんだろうな。東京の六本木シネマートも、僕など遠く及ばないクンフー映画フリークでいっぱい。見終わって、「うーん、深い」と感激しておりました。

Gallants


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January 10, 2013

『サイド・バイ・サイド』 フィルムかデジタルか

Side_by_side
Side by Side(film review)

映画のデジタル化といえば、CGを駆使したVFX(ヴィジュアル・イフェクト)に目がいくけど、それだけでなく撮影現場から上映までデジタル化が急速に進んでいる。「フィルムからデジタルシネマへ」とサブタイトルの打たれた『サイド・バイ・サイド(原題:Side by Side)』は、俳優のキアヌ・リーブスが製作し、インタビュアーにもなって、ハリウッドを代表する映画監督、撮影監督、編集者、機材開発のエンジニアらにフィルムとデジタルの問題について話を聞いたドキュメンタリー。

『スターウォーズ』以来、早くからデジタルシネマに挑戦してきたジョージ・ルーカスは「当時は悪魔の化身だと悪口を言われたよ」と語る。『ダーク・ナイト』などであくまでフィルムにこだわるクリストファー・ノーランは、「闇の黒色はフィルムでないと出ない」と言う。『チェ』で最新のデジタル撮影機を使ったスティーブン・ソダーバーグは、「小型で、暗いところでも撮れるのでジャングルのなかで撮影できた」と語る(記憶で書いているので間違ってたらゴメン)。

別にフィルム派とデジタル派を対立させるわけでなく、どちらにも長所と欠点がある。結局は、『ヒューゴの不思議な発明』で3D映画をつくったマーチン・スコセッシが言うように、「撮りたいものをどう表現するか、手段の問題だ」ということだろう。でも、従来デジタルの欠点とされてきた描写の不自然さやダイナミック・レンジ(明暗差の幅)の狭さが改善され、デジタル化が今後さらに加速するのは誰にも逆らえない時の流れだろう。

デジタル化はそんな技術の問題だけでなく、技術の背後に潜む思想の問題でもある。フィルム撮影では、翌日にラッシュを見るまで、撮影した映像を知るのは撮影監督のみだった。でもデジタルの登場によって撮影した映像がその場で再生できるようになり、撮影監督の特権的立場は失われた。また、安価な機材で、しかも少人数(監督兼撮影監督1人でも)撮影できるようになったことで、誰もが映画をつくれるようになった。

インディペンデント映画が集まるサンダンス映画祭に出品される映画の多くが、今ではデジタルで撮影されている。大きな資本と多数の専門家集団のものだった映画は「アウラ」を失い、大衆に開かれた。もっともデビッド・リンチは「みんなに紙と鉛筆を持たせたからといって、いい物語が生まれるわけじゃない」と、リンチらしい皮肉っぽい言い方をしてるが。

それはともかく、この映画で改めて確かめられたのは、デジタル化によって映画の文法に変化が生まれたこと。最初のデジタル撮影映画には、ソニーの家庭用デジタル・ビデオ機が使われた。手に入るくらいの大きさだから、カメラを自由に動かすことができる。ヨーロッパで撮られたその映画が紹介されているけれど、カメラを振り回してまるで素人が撮ったものみたいに感じられる。でもそのことで、ある種のリアリティが生じている。

今思えば、その手法に初めて接したのはテレビ映画の『24』だったろうか。全編が(多分デジタルの)手持ちカメラで撮影され、人の顔のアップなど静止したシーンでも微妙に画面が揺れる。その揺れが、独特の緊張感を醸しだしていた。現在も放映されている『CSI』や『コールドケース』なども手持ちのデジタル・カメラで撮影されていると思う。映画カメラが三脚から解放されたわけで、写真の世界でいえば小型カメラ、ライカの誕生と似たようなものか。

暗いところでも撮れるようになったことも、デジタル撮影の特徴。その初期の試みがマイケル・マンの『コラテラル』だったそうで、あの映画でいちばん印象的だった夜の道をコヨーテが横切るショットが紹介されている。トム・クルーズが殺し屋に扮した一夜の物語。ほとんどのシーンが夜だから、デジタル撮影の強みを最大限生かしたことになる。舞台になるロスの夜景が素晴らしかった。

かつてハリウッドでは、夜と設定されたシーンは昼間にレンズにフィルターをかけて撮影し、夜の雰囲気を出したものだけど(day for nightと呼ばれ、トリュフォー『アメリカの夜』の原題になった)、今はもうそんな必要もなくなった。

小型軽量で手持ち撮影ができる、暗いところでも撮れるという強みを両方生かしたのが、ソダーバーグの『チェ』。エルネスト・チェ・ゲバラの伝記であるこの2部作は、特に第1部は大部分が薄暗い森のなかで物語が進行する。ほとんどが手持ち、しかも自然光で撮影され、ドキュメンタリーでも見ているような気分にさせられる映画だった。デジタル・カメラでしか実現できなかったスタイルの作品だろう。

映画を製作し、インタビュアーも努めたキアヌ・リーブスは、初期VFXの代表的な作品『マトリックス』に主演してたけど、本人はどちらかというとフィルム派だったらしい。でもこの映画をつくって、フィルムとデジタルが共存共栄(side by side)していけると考えるようになったという。役者としてのキアヌに感心したことはないけど、こういう問題意識でドキュメンタリーをつくってみせる。ハリウッドはやはり侮れない。フィルムとデジタルの違いを基礎から解説もしてくれて、面白いドキュメンタリーだった。


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January 09, 2013

on the sunny side of the street

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on the sunny side of the street

いつも通る駅への道で出会った風景。
「気持ちよさそうですね」
「ええ。あったかくて眠くなっちゃいますよ」

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January 08, 2013

東松照明さんを悼む

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memories of Tomatsu Shomei

写真家の東松照明さんが去年12月に那覇で亡くなったという記事が、今日の新聞に載っていた。

東松さんの作品が戦後日本の写真の世界にもたらした衝撃と影響の大きさについては語りつくされている。数年前には大規模な回顧展も開かれた。とはいえ晩年、かつて大きなテーマとして撮影した長崎へ、さらに沖縄へと拠点を移したのは、東松さんが最後まで現役だったことの証だろう。

僕はカメラ雑誌の編集をやっていたので、東松さんには何度もお目にかかり、作品を掲載させてもらったことがある。でもいちばん鮮やかな記憶として残っているのは、それ以前、『朝日ジャーナル』という週刊誌で1年間、表紙をやっていただいたときのことだ。

当時、東松さんは生死にかかわる心臓手術をした後で、療養かたがた千葉県の上総一ノ宮に居を定め、都心へ出かけることもなく暮らしていた。それでも創作意欲は盛んで、近くの九十九里浜海岸に漂着したプラスチックの残骸を撮影した「プラスチックス」シリーズや、身近な花や植物をキャンバスに置いた「HANA」シリーズなどが次々に生まれていた。

そこで2つの新作を中心に、沖縄を撮影した「光る風」や海をテーマにした「われらをめぐる海」も交え1週交代で、1年間50冊の表紙をお願いすることになった。写真選びは3カ月おきに、デザイナーの神田昇和氏と2人で上総一ノ宮に出かけることにした。

昼すぎに東京駅から房総特急に乗り、山間部を抜けて外房へ出、上総一ノ宮駅で下りるともう都会とは空気の匂いが違っている。東松さんの家は駅から山側に向かい、周りに人家も少なくなって、低い丘陵に囲まれた田んぼを抜けたところにある。いつも奥さんと愛犬が出迎えてくれた。

雑誌の表紙は商品のパッケージだから、まずは書店で目立ち、読者に手にとってもらい、さらにお金を出してもらうことを目的としている。硬派の雑誌といえども、それは変わらない(そもそも硬派の雑誌でなければ、東松さんの表紙などという企画は立てられないが)。だから写真の選びも、ただ優れた写真というだけでなく、パッケージとしての魅力も求められる。東松さんは神田氏と僕がそんなふうにして選んだ写真にほとんど異議を唱えることなく、たいていは、いいですね、と笑ってくれた。

写真選びが終わると、お茶をいただきながら雑談する。真面目な写真論はした記憶がない。体力が回復してきたので少し遠出して撮影を始めているといった話が主だった。それが、大潮で月に1度だけ顔を見せる岸辺を撮影した「潮間帯」シリーズで、後半には表紙にも登場してもらった。

陽も傾いてきたので失礼しようとすると、東松さんが、おいしい鮨屋があるから行ってみませんか、と誘ってくれた。東松さん自ら四輪駆動のハンドルを握り、しばらく走って着いたのは海辺の鮨屋。

ここの地魚は旨いんだよ、と東松さんの目が細くなる。そういうときの髭面の奥の優しい目は、自他の作品に厳しく、鋭い論客でもある東松さんからは想像もつかない。そういえば、と後で思う。東松さんの作品には、戦後という時代に刃を突きつける写真だけでなく、南島の風と光に身をゆだね、ゆったりとたゆたっている写真もあるよなあ。

その頃やっていた週刊誌デスクの仕事は、昼過ぎから深夜までの作業が毎日休みなしに続く激務だった。そんななかで神田氏とともに3カ月に1度、房総の東松さんを訪れるのは、仕事でありながら仕事でない、その日を待ち焦がれる至福の時間だった。遠くから合掌。


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January 07, 2013

『最初の人間』 引き裂かれた現在

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The First Man(film review)

『最初の人間(原題:Il Primo Uomo)』はアルベール・カミュの遺作となった未完の自伝をイタリアのジャンニ・アメリオ監督が映画化したものだ。

カミュの分身である作家、ジャック・コルムリ(ジャック・ガンブラン)が生まれ育った故郷アルジェリアを訪れ、大学で討論会に出席する。当時、フランスの植民地だったアルジェリアでは独立運動が激化していた。ジャックはフランス人とアルジェリア人の共存を訴えるのだが、あくまで植民地を維持しようとするフランス人強硬派からも、暴力を辞さないアルジェリア人の独立派からも野次と怒号で迎えられ、討論会は混乱のうちに終わる。

大学を離れたジャックは、アルジェの貧民街にあった生家を訪れる。不在の母・カトリーヌ(カトリーヌ・ソラ=現在、マヤ・サンサ=過去)を捜しに市場へ出かけたジャックは、買い物をしている彼女を見つけ、無言で年老いた母を抱擁する。

政治と家族。二つの異なる次元に属する冒頭のシーンは、映画の最後まで遂に交わることがない。アメリオ監督は、この地で育ったジャックの子供時代と現在を行き来させながら、引き裂かれた現在を黙って見詰めている。

冒頭の大学の討論会は、1957年に実際に行われたものだ。この場でカミュは「私は正義を信ずる。しかし正義より前に私の母を守るであろう」と発言したという(海老坂武)。「正義」とは、アルジェリアのフランスからの独立を指しているだろう。植民地からの独立が「正義」だったのは、この時代にアフリカの多くの植民地が独立したように、誰にも押しとどめられない世界史の流れだったことから明らかだ。

フランスの多くの知識人、例えばJ=P.サルトルは独立運動を進めたアルジェリア民族解放戦線を支持した。でも、いわば身軽なフランス本国の知識人と違って、カミュにはアルジェリアに母とその一族がいた。貧しい植民者の子として育った彼自身も、アルジェリアの「海」と「太陽」に啓示を受けて文学者になった。独立運動が「正義」であることは十分に分かっていても、でもテロに巻き込まれて母が傷つく可能性がある以上、その場合には母を守るというカミュの言葉、その引き裂かれた態度を誰が断罪できるだろう。

当時の政治状況のなかで、カミュはフランス人強硬派からもアルジェリア民族解放戦線からも非難された。でも、それから半世紀以上たった今、ジャンニ・アメリオ監督がそうしているように、何も言わず、悲しみをもって、僕たちはジャックの態度と行動を見詰めるしかない。

過去と現在(1957年)を行き来する映画だけれど、トリッキーな仕掛けはなにもない。現在のジャックが生家のベッドで横になると、次のカットでまったく同じ姿勢で横になっている子供のジャックになる。音もなく、すっと、現在から過去への旅が始まる。父なし子として祖母に邪険にされたり、学校でアルジェリア人の子供から白眼視されたり、恩師によって文学への目を開かれたりといったエピソードによって、過去が引き裂かれた現在にそっと重なってくる。

『異邦人』で強烈な印象を与える「海」も「太陽」も、この映画では描写が抑制されている。そのかわりに、幼いジャックと現在のジャックが歩き回るアルジェの町並みが深く記憶に残った。

『週刊新潮』(2012年12月18日号)によると、この映画はフランスでもアルジェリアでも公開されていないという。道理でグーグルでフランス語のポスターを探しても出てこなかったはず(上の写真はイタリア語版)。アルジェリア戦争は当事者にとって、今も触れれば傷が口を開け、血が流れる問題なんだろう。


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January 05, 2013

『2666』に挑む

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reading Roberto Polaño's "2666"

年末からロベルト・ポラーニョの小説『2666』(白水社)を読みはじめた。

なにせ、ご覧の厚さ。A5判で870ページある。しかも今どき珍しい本文12級の2段組。最近の本は活字が大きくなり、文庫だって13級を使ってる。熟年読者を対象にした単行本には14級のもある。こちとら立派な熟年だから、本を開いた瞬間、うわっ、字が小さい、とひるんだ。

以前、小熊英二の『<民主>と<愛国>』という横綱クラスの分厚い本を2カ月かけて読んだことがある。968ページ。『2666』より100ページ多いけど、本文は13級の1段組だから、文字量は『2666』のほうが多いんじゃなかろうか(単純計算してみたら、『<民主>と<愛国>』105万字、『2666』112万字)。

この小説のことを知ったのは訳者の一人、野谷文昭さんから。野谷さんとは「ハバナ・クラブ」(ただの飲み会ですが)で一緒だけど、去年の夏、この本を翻訳していて死にそうになったと言っていた。その野谷さんが『2666』について、訳者あとがきで「(世界文学の)今世紀の代表作のひとつになるだろう」と書いている。

ポラーニョは2003年に亡くなったチリ生まれの作家。『2666』は遺作で、5部に分かれている。亡くなる前、ポラーニョは5冊の本として出すつもりだったらしいが、後を託された人間の判断で1冊本として出版されることになった。そんなわけで、日本でもこの厚さ、この文字の小ささで1冊本になったんだろう。

正月でやっと160ページまで、第1部を読み終えたところ。第1部では、姿を見せない謎の作家の足跡を追ってメキシコへ渡った4人の学者が主役になる。男女の学者たちの三角(四角)関係みたいなお話も絡んで、物語として面白い。僕も行ったことのある町、シウダー・フアレスをモデルにしたらしい女性連続殺人事件も出てきて、これが大きな鍵になってくるらしい。

最後まで辿りついたら、本についての感想を毎月書いている「ブック・ナビ」(LINKS参照)にアップするつもり。でも読んでいると目も手首も(なにせ重い)すぐに疲れて、最後まで辿りつけるかなあ。

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January 01, 2013

映画Best10 2012

Midnight_in_paris
My Best Films 2012

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

去年見た映画はDVDを含めても100本ほど。見逃した作品も多く、我ながら説得力のあるベスト10ではないのですが、自分のメモとして、また楽しみとして、洋画邦画合わせてピックアップしてみました。

1 ミッドナイト・イン・パリ
2 かぞくのくに
3 夢売るふたり
4 ヒューゴの不思議な発明
5 007 スカイフォール
6 みんなで一緒に暮らしたら
7 哀しき獣
8 ラム・ダイアリー
9 ペントハウス
10 ルート・アイリッシュ

1 去年は単舘系のマイナーな映画で新鮮な出会いに乏しかった(見逃したのかもしれない)。で、いちばん記憶に残ったのは手練れのウッディ・アレン。1920年代にタイムスリップして、ヘミングウェイはじめ当時パリに集まった芸術家たちの世界を追体験させてくれた、夢そのもののような映画。

2 北朝鮮系の在日社会から、ようやくこういう映画が出てきたのかという感慨がある。つくられるべくしてつくられた映画。この映画を踏み台にどんどん新しい在日映画が出てくるといい。そういうことを抜きにしても、家族の哀しみが静かに沁みてくる。

3 いちばん楽しんだ邦画。面白くて、中身があって、役者も演出も素晴らしくて。若い頃に見た黄金期日本映画の香りがする。西川美和監督には日本映画のど真ん中でどんどん仕事をしてほしい。

4 メリエスやリュミエールなど映画草創期のフィルムをふんだんに盛り込みながら、彼らへのリスペクトをファンタジックに歌い上げる。スコセッシの映画愛に乾杯。3Dで見なかったのが残念。

5 ダニエル・クレイグがボンドになって、007はスイッチが入り直した。ドラマ部分がしっかりし、リアルなアクションにこだわっているのも好感が持てる。『ロシアより愛をこめて』以来の傑作だと思う。

6 70代になったジェーン・フォンダ、ジェラルディン・チャップリン、2人のアメリカ人俳優に見惚れる。今も色っぽいジェーンが素敵だ。老人ばかりが出てくるけど、全く老人映画ではないのが洒落ている。

7 延吉の朝鮮系中国人が殺しを請け負って韓国へやってくる。破綻はあるけど、スケールの大きなアクション映画。今年見たアジア映画では、これが一番だった。

8 アメリカの青年がプエルトリコで新聞記者になる。とりたてて特別なことが起こる訳でもないけど、そのゆるーい青春の日々がいい感じ。ジョニー・デップが気持ち良さそうに演じてる。

9 こちらも、特技もない冴えない男や女たちが、高層ビル最上階のコンドミニアムに住む大富豪から泥棒するお話。今年いちばん面白かったコメディ。

10 イラク戦争に従軍し、子供を虐殺した民間兵士の死。その死の謎を社会的正義からでなく、自らも戦争の獣性をむきだしにしながら追求する主人公が自滅する。ケン・ローチのミステリー。

ほかに、リストに入れようかと迷ったのは『苦役列車』『ファウスト』『アルゴ』『プロメテウス』『私が、生きる肌』『裏切りのサーカス』『別離』『最初の人間』といったところ。

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