『アルゴ』 映画みたいに荒唐無稽
監督としてのベン・アフレックは、処女作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』にしろ『ザ・タウン』にしろ、古風なスタイルのハードボイルドや犯罪映画をつくってきた。現在のハリウッドでは貴重な少数派だけど、『アルゴ(原題:Argo)』では一転、ニュース映像ふうな手持ちカメラやテンポの早いカットつなぎで小気味いいサスペンスに仕上げている。いまハリウッドでいちばん脂が乗っている撮影監督、ロドリゴ・プリエトと組んだと知れば、それも納得。
映画は事実に基づいている。イスラム革命後のイランで起きたアメリカ大使館占拠事件で、カナダ大使私邸に匿われた6人のアメリカ大使館員が国外脱出に成功した。その後、クリントン政権時代に、その真相が明らかにされた。CIA要員がSFファンタジー映画のプロデューサーを装ってテヘランに入り、6人を映画のスタッフに仕立てて脱出させたのだ。
「まるで映画みたい」に荒唐無稽な計画。CIAの人質奪還のプロ、トニー・メンデス(ベン・アフレック)はSFファンタジー映画の企画をでっち上げるために、ハリウッドに協力者を探す。特殊メイクのジョン・チェンバース(『猿の惑星』でアカデミー賞を取った実在の人物。ジョン・グッドマン)と大物プロデューサーのレスター(アラン・アーキン)の2人がトニーに協力することになる。
レスターは没脚本のなかから「アルゴ」というチープなSFファンタジー(トニーはfuckingと言っておりました)を選び、脚本家から安く買い叩く。コスチュームをつくって派手な製作発表を行い、雑誌に記事を掲載させることに成功する。イランを騙すには、まずアメリカ国内を騙すというわけだ。
トニーの息子がSFファンで、息子がテレビで『猿の惑星』を見ているときにこのアイディアを思いついたり、息子がフィギュアを飾っていたり、架空映画の絵コンテをもらったイランの革命防衛隊の兵士が喜んだり、映画好きの心をくすぐるカットがたくさん出てくるのが憎い。ハリウッドの映画製作の現場や映画人の生態が時に辛らつに描かれているのも面白い。
トニーがテヘランへ入ってからはサスペンスが加速する。トニーのアイディアに不信を抱く人質。大使館から逃げた6人の身元を確認しようとする革命防衛隊。ロケハンが許可され、スタッフに偽装させた6人を連れ出したバザールでは、暴動に巻き込まれそうになる。アメリカ国内では、いったん承認されたプランに中止命令が出る。脱出に向けて高まる緊張に引きこまれる。結末が分かっているとはいえ、はらはらどきどきさせる腕は確か。
1979年当時のテヘランが再現されているのも見どころ。テヘランの屋外シーンは主にイスタンブールで撮影されたようだ。当時の写真や映像を元に、群集がアメリカ大使館になだれこむ場面や男がクレーン車から吊るされている場面(これは僕も記憶にある)が再現されている。大使館を占拠するシーンでは、カメラマン(助手)にエキストラと同じ服を着せ、8ミリや16ミリのカメラを持たせて群集にまぎれて撮影したらしい。それが記録映像みたいな荒れた粒子の、動きの激しいショットになっている。
監督としてのベン・アフレックはハードボイルドやクライム・サスペンスが好きなファン(僕もそのひとり)が好むマイナーな存在だったけど、この映画をきっかけにメジャーな作品に進出するんじゃないかな。
Comments
かなりツボに来てしまいましたこの作品。
国際情勢ものが元々好きなので、原作読んで万全の態勢で臨みました。
バザールのシーンなどは原作にはないのですが(もし実際にこれがあったら捕まっていたでしょう)、映画的な演出に上手く使えていたと思います。
ベン監督楽しみです。
Posted by: rose_chocolat | December 14, 2012 10:11 PM
映画のために原作を読んだとはすごい。roseさんの映画愛は半端じゃないですね。
バザールのシーンはないんですか。ラストの空港での追っかけはフィクションだろうと思いましたが、ロケハンもなかったのでは、確かに映画的リアリティとサスペンスに欠けます。
この程度のつくりこみは許されるというか、エンタテインメントとしては当然でしょう。それより、映像資料などから、よくこれだけ当時の雰囲気を再現できたと思います。
Posted by: 雄 | December 15, 2012 01:37 PM