『恋のロンドン狂騒曲』 ロンドンの寅さん映画
You Will Meet a Tall Dark Stranger(film review)
親と子、2組の夫婦が壊れてそれぞれが新しい相手を見つけ、4組のカップルが出来あがるけれど、そのそばからどのカップルも壊れそうな気配がありあり。懲りない男と女(つまり、われわれすべてということですね)の恋の空騒ぎを、これだけ豪華な役者で、手練れウッディ・アレンの脚本・監督で見せられて面白くないはずがない。身につまされる大人のコメディで、次作『ミッドナイト・イン・パリ』(日本ではこちらが先に公開された)のような映画としての深みはないけれど、たっぷり笑い、楽しめる。
親世代のカップルは、アンソニー・ホプキンスにジェマ・ジョーンズとイギリスの名優2人。レクター博士や真面目な役柄の印象が強いアンソニーが、ナイスバディの若い娼婦にころりと参って再婚し、豪華なアパートメントや高価な服を貢ぐ。70代の老人がスポーツジムに通い、バイアグラに頼る姿がけなげ。アラン・アーキンあたりがやれば爆笑ものなんだろうけど、イギリス紳士のアンソニーがやることでおかしみが出た。いかにも蓮っ葉な元娼婦の妻が、最後、アンソニーの心は離れてしまったのに子供ができたのを喜ぶあたりも泣かせる。
妻のジェマ・ジョーンズは『ブリジット・ジョーンズの日記』そのままのような、世間知らずでお人よしの典型的なアッパー・ミドルクラスの老女。夫に出ていかれて一人になり、アルコール(スコッチをストレートで)に頼り、娘夫婦のところにやたら顔を出し、オカルト的な占い師にはまる。降霊会で知り合った、やはり前世を信ずる古書店主と結ばれるが、このカップルだけがめでたしめでたし。とはいえ、金がなくなった元夫や資金を当てにしている娘の攻勢もあって、怪しげな信心が覚めてしまえばカップルの先行きは分からない。
娘のナオミ・ワッツは、ロンドンの美術ギャラリーでオーナーのアシスタントを務め、独立の機会を狙っている野心家。オーナーのアントニオ・バンデラスにくらくらしてW不倫の関係になりそうになる。ところが、バンデラスはナオミが紹介した女性アーチスト(企画段階ではニコール・キッドマンだったらしい)と不倫していたというオチ。起業の資金を当てにしていた母親はオカルト男と一緒になってしまい、彼女の将来は???
ナオミの夫はジョシュ・ブローリン。『ノー・カントリー』のテキサス男を少し知的にしたようなアメリカ男。作家だが、第1作が売れただけの一発屋になりかかっている。売り込んだ原稿の返事が来ないのにいらいらし(編集者の僕の体験でも、ダメな原稿の返事はできるだけ遅らせたい)、義母のジェマと嫌味の言い合いがすごい。義理の親子で、こんな辛らつな言葉のやりとりをするんだ。
落ち込んだジョシュは向かいのアパートの窓で見かけたインド系の美女、フリーダ・ピントに惚れて誘いをかける。『スラムドッグ$ミリオネア』の少女が、すっかり大人になった。ジョシュの甘い言葉にいかれたフリーダは結婚直前に婚約者を捨ててしまうけれど、一方、ジョシュは出版社に売り込んだ作品が盗作であることがばれそうになりあわてている。このカップルもすんなり行きそうにない。フリーダのアパートに移ったジョシュは、今度は向かいの窓に元妻の下着姿を見てどっきりしているみたいだし。
4組のカップル8人のキャラクターを短いショットとセリフで印象づけながら、どこまでも懲りない恋の行方を軽いリズムで描くウッディの職人技。ウッディの映画の登場人物は、男はいつもウッディの分身で、女は彼が次から次へ追いかけた女性たちの影を引きずっている。
だから彼の映画を見続けるのは、いってみれば「寅さん」シリーズを見てるようなもの。でも「寅さん」がスタイルもストーリーも型にはまった落語的な面白さなのに対して、ウッディは作品ごとにアイディアがあり、映画の背後からウッディの神経症的な内面が時に激しく、時にソフトに露出してくるのが面白い。
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