『人生の特等席』 カーブを打つ
Trouble with The Curve(film review)
アメリカの劇作家リリアン・ヘルマンの自伝『未完の女』だったと思うが、彼女のパートナーだったハードボイルドの始祖ダシール・ハメットについて印象的なくだりがある。リリアンとダシールが湖でボートに乗っていたとき、オールを漕いでいたダシールがなにか失敗をしてしまい、リリアンが彼を助けようとしたときのこと。ダシールはリリアンを睨み、強い口調で「決して僕を助けようとするな」と言う。
『人生の特等席(原題:Trouble with the Curve)』でも同じような場面があった。主人公ガス(クリント・イーストウッド)が緑内障で視力に異常を来たし、家具に躓いたりドアを開けにくくなっているのを手助けしようとする娘のミッキー(エイミー・アダムス)に対して、「お前の助けはいらない。自分でできなければ死ぬまでだ」と怒る。
こういうガスのキャラクターは、これまでクリント・イーストウッドが過去に演じてきた役柄の数々を踏まえている。『荒野の用心棒』であり『ダーティ・ハリー』であり『スペース・カウボーイ』であり『ミリオンダラー・ベイビー』であり『グラン・トリノ』であるといった具合に。ひとことで言えば、他人の助けをいっさい借りず、自分ひとりの力でこの世に立つ「強い男」ということだろうか。
ハメットはコミュニストであり、一方、イーストウッドは共和党支持者だから(といって白人至上主義でもタカ派でもないが)、西部開拓以来、思想的・政治的な立場を超えてアメリカ男の底に共通する精神なんだろう。イーストウッドが数々の映画で演じてきた男たちは、そうした精神のさまざまな表れであり、その精神が時に勝利する姿、時に敗北する姿なんだと考えることもできる。
『人生の特等席』はロバート・ロレンソ監督の長編デビュー作。ロレンソは『マディソン郡の橋』などでイーストウッド監督の助監督を務め、その後はイーストウッドが持つマルパソ・プロダクションのプロデューサーを務めてきた。だから役者としてのイーストウッドの系譜についても熟知している。
ただ、この映画が今までのイーストウッド映画と違うところといえば、父と娘の葛藤と愛情をテーマにしていることだろうか。僕の記憶では、イーストウッドが主演した映画で妻や子供といった家族が大きな役割を演じるものは意外に少ない。『センチメンタル・アドベンチャー』くらいだろうか。
妻に先立たれたガスは、娘のミッキーを幼い頃にある事情から他人に預け、ひとりで大リーグのスカウトとして働いてきたことに内心負い目を感じている。ミッキーは父親のガスに捨てられたと思い込み、他人に心を開かないまま弁護士としてキャリアを積んでいる。頑固で似た者同士の父と娘が会うと、必ず口論になる。眼を痛めてスカウトとしての仕事に不安を抱えるガスに、小さい頃ガスに野球を見る眼を仕込まれたミッキーが手助けしようとする。ガスはミッキーを頑なに拒絶する。
これも今までのイーストウッド映画と違うところは、「強い男」であるガスが、その強さ(頑固さ)を最後まで貫かず娘の助けを受け容れるところだ。演ずるイーストウッドの82歳という年齢もあるだろう。イーストウッドの映画を見続けてきた者にとって、彼が小便の出が悪いと嘆いたり、机に躓いたりする姿をスクリーンで見るのは、演じているものとはいえ辛いものがある。でも、娘の助けを受け容れることによってガスが変わり、心を閉ざしていた娘のミッキーも変わる。
原題のTrouble with The Curveは、ガスが大リーグにスカウトする選手がカーブをうまく打てないことを見抜くかどうかが鍵になることから来てるけど、ガスとミッキーの父娘も人生でストレートしか打てず、カーブに対処できないことの比喩になっている。そんな2人がカーブを打てるようになる。その変貌こそがこの映画の主題だろう。
だから『人生の特等席』はイーストウッドには珍しい家族の映画になった。役者としてのイーストウッドの軌跡を踏まえ、かつ年齢にふさわしい役をつくりだしたのは、イーストウッドとつきあいの長いロバート・ロレンソだからこそなんだろう。もっとも、スポーツ映画としてお約束通りの終わり方は都合よすぎるし、イーストウッド自ら監督した作品群に比べると苦味が足りないような気もする。
Comments
「人生の特等席」カーブを打つはクリントイーストウイット主演というので昨年押迫って見にいきました。
その昔西部劇ローハイドは夢中になって見たものですが、娘の恋人は当時のクリントイーストウイットを彷彿させます。休日も働く弁護士の娘が掘り出し投手の球を受けるくだりは一寸苦笑。もともと父娘は深い繋がりも見受けられ野球が縁でその仲を取り戻すのは納得です。スリムに年取ったイーストウッドだが菜食主義者のようです。
2013年には監督での映画作品があるという、今回の弟子の映画との違いを見たいものです。
それにしても日本と関係深い「硫黄島からの手紙」とアメリカ版「父親たちの星条旗」での痛烈な自国アメリカ批判には驚かされました。つい最近のようにも思えますが2006年のことでした。
Posted by: 坂巻ちず子 | January 02, 2013 02:30 PM
娘さんの恋人は「ローハイド」のロディ君ですか。格好いいんですね。それにしてもイーストウッドは役者としても監督としても、よきハリウッドを象徴する存在ですね。ロディ君がこんなになるとは想像もしなかった。
監督としていまだにすごい作品をつくり続けてるのも驚き。私もイーストウッドを見るのが楽しみです。
Posted by: 雄 | January 03, 2013 12:10 PM