『007 スカイフォール』 息子たちの復讐と忠誠
007シリーズを欠かさず追いかけてたのはロジャー・ムーア時代までで、その後はぽちぽちとしか見てないけど、ダニエル・クレイグが6代目ボンドになって俄然おもしろくなった。理由は二つあると思う。ひとつは、かつての荒唐無稽なスパイ・アクションでなく、ドラマ部分がしっかりしていること。もうひとつは、VFX全盛の時代にリアルなアクションにこだわっていること。
ドラマがしっかりしたのは、スタッフに優秀な、しかもエンタテインメント畑でない人材を起用しているからではないか。脚本のニール・パーヴィスとロバート・ウェイドは『ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999)以来つづくコンビだけど、ダニエルがボンドになった『カジノ・ロワイヤル』と『慰めの報酬』では、『クラッシュ』や『父親たちの星条旗』のポール・ハギスが共同脚本に参加している。今回の『スカイフォール(原題:Skyfall)』では、マーチン・スコセッシと組むジョン・ローガンが共同脚本に加わった。
監督も『慰めの報酬』は『チョコレート』のマーク・フォースターだし、『スカイフォール』は『アメリカン・ビューティ』のサム・メンデスだ。『スカイフォール』の撮影はコーエン兄弟と組むロジャー・ディーキンス。映画の冒頭から最後まで一貫するノワールな映像感覚と不穏な気配は、こうしたスタッフによるところが大きいと思う。悪役に『カジノ・ロワイヤル』のマッツ・ミクルセン、『慰めの報酬』ではマチュー・アマルリック、『スカイフォール』はハビエル・バルデムと、クセのある役者を配したのも効いている。
アクションについても、走る列車の屋根での格闘があり、ごったがえす雑踏でのカーチェイスがあり、イスタンブールのグランバザールの屋根でバイクの追跡劇があって、ダニエル・クレイグが体を張っている。格闘はシリーズ最高傑作『ロシアより愛をこめて』を思い出させるし、当時度肝を抜かれたヘリを爆発させるシーンも再現されている。むろんスタントがいてVFXも使ってるだろうけど、これ見よがしでなく、あくまでリアルなアクションを志向しているのがいい。
『スカイフォール』のドラマは、ボンドが「マム」と呼びかける母(M)に裏切られた2人の息子(シルヴァとボンド)の復讐と忠誠をめぐって展開する。走る列車の屋根でボンドと組み合う敵を狙撃しようとする相棒のイヴ(ナオミ・ハリス)が、ボンドを撃つのを恐れためらっていると、MI6を率いるM(ジュディ・デンチ)はイヴに「撃て」と命ずる。弾はボンドに当たり、ボンドは高架の鉄橋から遥か下の川に転落して「死亡」する。
またかつてMは、エージェントのシルヴァ(ハビエル・バルデム)が窮地に陥ったとき、シルヴァを中国当局に売り渡したことがある。消息を絶ったシルヴァがサイバーテロリストとして蘇り、テロリスト集団に潜入しているNATOのエージェントの名前を記したハードディスクを奪ってMに復讐しようとする。裏切った母に復讐しようとする息子(シルヴァ)を、死の淵から復活してもなお裏切った母に忠誠を誓う息子(ボンド)が追う。シルヴァはボンドに「俺たちは似た者同士だ」と言う。追う者と追われる者は兄と弟なのだ。
むろん、ドラマとしてしっかりしているだけでなく、007シリーズのお約束はちゃんと踏襲されてファンを楽しませてくれる。舞台はトルコの山岳地帯からイスタンブール、上海、マカオ(長崎・軍艦島のロケもある)、ロンドン、そしてスコットランド(まるで『シャイニング』導入部のような沈鬱な風景と建物)と世界各地を転々とする。007シリーズが製作された1960年代では、これはスパイ・アクションであると同時に観光映画であり、ボンドガールが出てくるお色気映画(『ゴールドフィンガー』最高!)でもあったんですね。
武器調達係のQが久々に出てきて(今回は若いベン・ウィショーのオタク的Q)、「壊さずに返してくださいよ」とおなじみのセリフをしゃべる。初代ボンド・カーのアストン・マーチンが登場して、助手席に乗ったMが嫌味を言ったのに対しボンドがシフトレバーの赤いボタン(これを押すと助手席が空中に吹っ飛ぶ)に手をかけて、にやりとさせるシーンもある。イヴが実はこれもおなじみ、Mの秘書のマネーペニーであることが最後に明かされる。
コインの裏表であるMの息子2人、シルヴァとボンドがボンドの故郷スコットランドの生まれ育った舘(スカイフォール)で、Mを追い、Mを守りつつ対決するラストも見事だ。荒涼とした野原に孤立して建つ古い舘に、ボンドと舘の狩猟番キンケイド(アルバート・フィニー)が古めかしいライフルとナイフを武器に立てこもる。シルヴァと手下たちが攻撃ヘリを伴って襲撃してくる。生家に戻り昔ながらの武器だけでMを守るボンドと、最新鋭のヘリを駆使してMを殺そうとするシルヴァは、ここでも対照的だ。
「スカイフォール」という言葉には、聞くところによるとラテン語で「天が落ちても(世界が終わっても)正義を貫く」という格言があるとか。だとすればスカイフォールの舘を爆破、崩壊させてMを守ろうとするラストは、ボンドの母(M=英国)への忠誠を示しているんだろう。
髭面のダニエル・クレイグだけでなく、Mのジュディ・デンチ、シルヴァのハビエル・バルデムがいいなあ。『ロシアより愛をこめて』以来の傑作じゃないかな。
Comments
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Posted by: 日本インターネット映画大賞 | December 24, 2012 06:09 PM
ハビエル・バルデムが、どんなオモロ顔で登場するのかと思うと、ワクワクします。ノーカントリーの髪型も笑えました。それにしても、ハビエルには、ペネロペ。ダニエルには、レイチェル。腹立たしいカップル達ですね
Posted by: aya | December 25, 2012 02:59 PM
ハビエル、今回はオモロ顔というより、金髪に染めて登場です。こういうねじくれた役をやらせると天下一品ですね。ayaさんはいい男を取られて腹立たしいかもしれませんが、こちとら嫉妬の感情すら湧きません。
Posted by: 雄 | December 26, 2012 01:32 PM
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。
Posted by: 添え状の書き方 | March 30, 2013 02:35 PM
ありがとうございます。お待ちしています。
Posted by: 雄 | March 30, 2013 09:27 PM