『危険なメソッド』 ダークな世界をクールに
A Dangerous Method(film review)
20世紀が生んだ独創的な思想のひとつに精神分析がある。夢判断からその人の精神世界を分析してみせたフロイトと、それを発展させ個人的・集団的無意識世界を探求したユング。小生、2人の本をちょっと覗いた程度の知識しかないけど、人間の心の奥底を探ろうとした当時は新奇な学問が、まだ20世紀を象徴する自動車や近代建築やファッションのない世界から生まれてきたことに、『危険なメソッド』を見て改めて気づいた。
フロイト(ヴィゴ・モーテンセン)とユング(マイケル・ファスベンダー)、2人の巨人の師弟関係と決別。ユングの患者であり、ユングの愛人となり、ユングと別れてフロイトの患者ともなり、後に自らも精神分析医となったザビーナ(キーラ・ナイトレイ)。ザビーナを間に挟んだユングとフロイトの葛藤。また、ユングと妻とザビーナ3人の間の葛藤。そんなドラマがチューリッヒとウィーンの優雅な町を舞台に繰り広げられる。
撮りようによってはどろどろの映画になるだろう。でもデヴィッド・クローネンバーグ監督は、ショッキングな内容をいつもの静謐かつクールな語り口で物語る。しかもクローネンバーグ好みの小道具やシーンがそこここに出てくる。
ザビーナのトラウマが父親から受けた折檻と性的興奮にあることを突きとめたユングが、医師と患者の関係を踏み超えてその関係を再現するショット。ユングが妻を被験者に言語連想の実験をするときの、被験者の汗だか脈拍だかを測る嘘発見器ふう実験器具に寄せる偏愛的な視線。レマン湖に浮かぶヨットのなかでユングとザビーナが寄り添い横になっているのを俯瞰する素晴らしいショット。
もともと『危険なメソッド』は、脚本家・劇作家であるクリストファー・ハンプトンの舞台劇をクリストファーが自ら脚本化しもの。『ザ・トーキング・キュア(談話療法)』という原作の舞台は、フロイト、ユング、ザビーナの3人を中心に大量の心理的・思想的言語が飛び交う言葉の劇だったんじゃないかな。そういう言葉の世界、僕たちもテキストを通してしか知らなかったダークな世界を、美しい風景とヨーロッパの古都、20世紀初頭の、まだ前世紀の雰囲気が残る優雅な世界のなかに置いて映像化してみせるのがクローネンバーグの狙いだったんだろう。
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