マッコイ・タイナーを聞く
McCoy Tyner Trio with Gary Barts
マッコイ・タイナーが来日するのを知ってさっそく予約を入れ、楽しみにしていた。楽しみにしていたというより、これがマッコイを聞く最後の機会になるもしれないな、と感じていた。
このところマッコイの新譜が出たという話を聞かない(ちゃんとチェックしてるわけじゃないけど)。5年ほど前、1年間ニューヨークに滞在したとき、どうしても聞きたかったのがロリンズとマッコイだった。ロリンズは聞けたけど、僕の知る限りマッコイがNYのライブハウスで演奏することはなかったし、各地のジャズ・フェスティバルに出ることもなかった。だから、あまり積極的な演奏活動をしていないのかな、と思っていた。
1980~90年代に2度ほどマッコイのライブを聞いたことがある。会場は今回と同じブルーノート。そのうち一度はピアノを弾くマッコイの直ぐ後ろの席で、巨体から汗を流し、目にも止まらない早弾き、強いタッチのほとばしるピアノに圧倒された。
この日のマッコイは、十数年前とはずいぶん変わっていた(11月6日、表参道・Blue Note)。74歳だからそんな年でもないのに巨体は小さくなり、足元はおぼつかない。3人のメンバーがステージに上がった後、肩から黒いバッグを提げ、ゆっくりゆっくり登場する。バッグに何が入っているんだろうと思ったけど、この日のために用意されたスタインウェイの脇に置いたままピアノを弾きはじめた。
ソロでイントロを弾いた後、ベース(ジェラルド・キャノン)とドラム(モンテス・コールマン)が入ってきてテーマが始まる。自作の「フライ・ウィズ・ザ・ウィンド」で。美しいメロディ、強いタッチは変わらないけど、さすがにかつての早弾きはない。途中でピアノ・ソロが入って、コルトレーンを偲んだソロ・ピアノの名作「エコーズ・オブ・ア・フレンド」を思い出す。インパルス時代の、次から次へメロディアスなフレーズを紡ぎだした面影も重なってくる。
ゲストのゲイリー・コールマン(as)はマイルス・バンドにいとこともあるプレイヤー。アルトとソプラニーノを吹いて、ちょっとだけコルトレーンを思い出させる。
プログラムは自作の曲と「アイ・シュッド・ケア」「イン・ナ・メロー・トーン」などスタンダード。「バラード・フォー・アイシャ」は美しいメロディ、「ブルース・オン・ザ・コーナー」のブルースでは会場が盛り上がる。どの曲にもマッコイのソロがはさまれる。ベースはいい音を出し、サックスは控え目にマッコイを支える。演奏は1時間と少し、アンコールはなし。
病気でもしたんだろうか。かつての、ぶちのめされるような圧倒的なピアノではない。でもマッコイのピアノの美しさは変わらないし、力強いタッチも健在、最後の「イン・ナ・メロー・トーン」ではほんの少しだけ、かつての早弾きを聞かせてくれた。ファンとしては、それだけで満足。第一線でばりばり弾いているわけじゃないけど、悠々と音楽を楽しんでいる。観客も老いたマッコイを温かく見ている。そんな印象のライブだった。
ピアノの脇に置いた黒いバッグは結局、一度も開けずにまた肩にかけてマッコイはステージを降りた。何が入っていたんだろう。
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