『ダークナイト・ライジング』 ゴッサムとNY
The Dark Knight Rises(film review)
『タイム・アウト』や『ヴィレッジ・ヴォイス』といったニューヨークの情報誌で、この都市の文化やアート・シーンについて書かれた記事のなかで、ニューヨークはしばしば「ゴッサム(・シティ)」と表現される。ゴッサムはもちろんバットマンが住む架空の都市の名前だけれど、アメリカ人にとってゴッサムという架空の街はニューヨークとほぼ重なるらしい。マンハッタンのソーホー、ヴィレッジ以南のダウンタウンがゴッサム・シティのモデルになっているという(wikipedia)。
ゴッサムと言えばニューヨークというのが常識になったのはコミックのバットマンが登場してからだけど、もともとニューヨークをゴッサムと呼ぶことは19世紀からあったようだ。ゴッサムとはイギリスの伝説上の村で、そこには愚者が住むという。ということは、「愚者の街」といった意味合いなんだろう。
『ダークナイト・ライジング(原題:The Dark Knight Rises)』の撮影はイギリスを中心に、アメリカのニューヨーク、ロサンゼルス、ピッツバーグ、ニューアークやインドで行われた。なかでゴッサムの都市風景はニューヨーク、ロサンゼルス、ピッツバーグでロケされているらしいが、明らかにニューヨークと分かる場面がいくつか出てくる。ニューヨークのランドマークのひとつであるブルックリン橋が落ちるショットがあるし、大詰め近くの舞台になるのはイースト・リバーにかかるクイーンズボロ橋だ。
ただクイーンズボロ橋の場面は画像処理されていて、現実にはクイーンズボロ橋の向こうは海方向とは反対でクイーンズの街並みが広がるけれど、映画ではすぐ海になっていて、バットマンが消えてゆくラストシーンになる。明らかにニューヨークと分かるけれど、完全にニューヨークではない。バットマンのコミックや映画のファンには、そのあたりがいちばん納得できる架空の街・ゴッサムなんだろうか。
「ダークナイト」3部作は悪役が映画のキモだけど(2作目のヒース・レジャーは絶品だった)、今回のべイン(トム・ハーディー)はゴッサムの地下世界の支配者。地上の核融合施設から炉心を奪って中性子爆弾にし、ゴッサムを脅迫して破壊をたくらむ。
この設定、福島第一原発の事故の後ではなんともリアリティがある。福島の事故は、原発がコントロールを失えば(あるいは意図的に暴走させれば)核兵器になりうることを現実に証明してしまった。核施設をテロリストが襲って脅迫する映画の設定は、近未来の現実かもしれない。
バットマンはアメリカを代表する人気コミックだから何度も映画化されていて、僕は1990年代のティム・バートン監督版しか見ていないけど、今回のクリストファー・ノーラン監督の3部作は他に比べてノワール色が濃いように思う。そもそもバットマン(クリスチャン・ベール)と悪役のべインが同じ師をもつという設定からも分かるように、バットマンは単純なヒーローではなくダークな部分を秘めている。
バットマンやスーパーマン、スパイダーマンなどのアメリカン・コミックはは1950年代、撲滅運動に見舞われた。アメリカの良識的保守層は一方でコミュニズムを嫌い(赤狩り)、他方で俗悪コミックを目の敵にした。コミックは社会からはみだしかけた下層の若者や移民の若者に支えられていたから、保守エリートの目には社会的秩序に挑戦するものと映ったんだろう。バットマンが単純な正義のヒーローでなくダークな部分を抱えているのは、それと無関係ではないのかもしれない。
それにコウモリ(バット)とかクモ(スパイダー)とか、人が気持ち悪く思う生き物には「邪悪な力」が秘められているという偏見も、こうしたヒーローを生み出す意識下の原動力になっているだろう。もっともこの作品、イデオロギー的に見れば、ビリオネアで法に拠らない私刑執行人であるバットマンとゴッサム市警が組んで悪玉資本家と地下帝国の反乱派をやっつける構図になる。ヒーローが正義の味方というのはコミックやエンタテインメント映画の基本だから、そこにいかに苦味を流し込むかが作り手の勝負になる。
ノーラン版バットマンのノワール色は、撮影監督ウォーリー・フォスターの仕事を抜きにしては考えられない。
フォスターは『メメント』以来、『インソムニア』『プレステージ』『インセプション』そして「ダークナイト」3部作と、クリストファー・ノーランとずっと組んできた。『メメント』の乾いた都市風景、『インソムニア』では狂気をはらんだ白夜のどんよりした光、『プレステージ』の世紀末の耽美、『インセプション』の暴走する脳内風景と、どの作品も記憶に残るシャープな映像感覚。『ダークナイト・ライジング』でもゴッサムの地下世界の闇が魅力的だ(ニューヨークの地下廃墟に住人がいるという事実をヒントにしたのかも)。
IMAXカメラを3Dでなく大画面でのリアルさを求めるために使っているのも面白い。オープニングの航空機ハイジャックやアメフト競技場の爆破シーンなんかド迫力(ユナイテッドシネマ浦和で鑑賞。それで別料金取られるのは納得いかないけど)。
クリストファー・ノーランとウォーリー・フォスターのチームは、クリント・イーストウッドとトム・スターン、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥとロドリゴ・プリエトといったハリウッドの監督-撮影監督の黄金コンビと比べても引けを取らない。
マリオン・コティヤールが悪役で登場するのもいいな。
Comments
クリスチャン・ベールも陰があっていいですよね。
Posted by: aya | August 14, 2012 05:01 PM
「ダークナイト」3部作もいいけど、「プレステージ」は良かったですね。ayaさんの好みかも。
Posted by: 雄 | August 17, 2012 01:32 PM
ん、私の好みって・・・
色々でてきているデブ痩せチビなどのおタク系も好きっ。
Posted by: aya | August 17, 2012 05:21 PM
ポール・ジアマッティとかケビン・スペイシーとかハーヴェイ・カイテル……ニコラス・ケイジなんかも? 皆、いいですよね。好きだな。
Posted by: 雄 | August 18, 2012 01:21 PM