『セブン・デイズ・イン・ハバナ』 音楽と海とハバナっ子
小生、ハバナ・クラブの会員である。といってもラム酒メーカーのハバナ・クラブが組織している団体じゃなく、ただの飲み仲間なのだが。メンバーの一人にラテン・アメリカ文学の専門家がいて、何度もハバナを訪れている。彼に引き連れられてハバナに行き、スペイン・コロニアル様式の旧市街を歩き、キューバ音楽を聞き、うまいラムを飲んで、海を見よう、という会なのだが、10年以上前に発足して以来、まだ実現していない。
メンバーがそろって忙しく、今度こそ行こうという話になっても全員のスケジュールが合ったためしがない。でもそんなこと言ってる間にカストロが死ぬかもしれないし、こちらも年を取ってくる。そろそろ本気にならなければ……。
小生のハバナのイメージをつくったものが二つある。
一つは写真家、ウォーカー・エバンスの写したハバナ。白いストローハット、白いスーツの上下、ネクタイをびしっと決め、胸からチーフをのぞかせる洒落たムラート(混血)の男が、雑誌売りのスタンドの前に立っている有名な写真。あるいは、壁にバーや床屋の店の名がさまざまにデザインされたハバナの街角。1932年、アメリカの影響下にあった時代にキューバを訪れたエバンスが撮影した写真群だ。
名目は独立国だが、バナナ・リパブリックならぬシュガー・リパブリック。その植民地的空気と人々の姿をエバンスは見事に切り取っている。このときハバナにはヘミングウェイがいて、意気投合した2人は毎晩飲んだくれたという。
もう一つは映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』。ハバナの旧市街を走る車から、カメラが街路とそこに暮らす人々の姿を映し出していた。スペインの植民地時代に建てられた建物が、その後メンテナンスされずに熱帯の暑く湿った空気に晒されて古び、独特の風合いを醸し出している。そこにキューバ音楽がかぶさって、なんとも素敵な映画だった。
『セブン・デイズ・イン・ハバナ(英題:7 Days in Havana)』は、ハバナの月曜日から日曜日までを7つのエピソードでつないだオムニバス映画。キューバはじめ、スペイン、フランス、パレスチナ、アルゼンチン、アメリカの7人の監督が演出している。ハバナの町とそこで暮らす人々のちょっとした出来事が描かれるが、そのうち外国人(旅行者)の視点から見たものが3本(脚本はキューバのレオナルド・パドゥーラ・フエンテス)。
月曜の「ユマ」はプエルトリコ出身の俳優、ベニチオ・デル・トロの監督デビュー作。ハバナへ来たアメリカの若者が、タクシー運転手の自宅へ招かれハバナ料理(といってもフライド・バナナ)をご馳走になったり、女の子に誘惑されたり。夜はクラブへ出かけ、背が高く化粧の濃い女性と知り合いになるのだが……。いかにも初めての土地を訪れた旅行者が体験しそうな話と、いかにもありそうなオチに、にやりとさせられる。
火曜の「ジャム・セッション」の主役はセルビアの映画監督、エミール・クストリッツァ本人。ハバナ映画祭に招かれたクストリッツァが昼から酔いどれ、レセプションをすっぽかして運転手と酒場に繰り出す。そこではジャム・セッションが行われていて、太った運転手が見事なトランペッターに変身する。運転手を演じているのはキューバのミュージシャン、アレクサンダー・アブレウ。暮れなずむカリブ海に響くトランペットの音色が心地よい。
水曜の「セシリアの誘惑」でハバナの歌い手・セシリアを演ずるメルヴィス・エステベスの歌声も伸びのある声が素敵だ。セシリアは、仕事したスペイン人プロデューサーにマドリッドへ来ないかと誘われ、アメリカへ亡命するかしないか決めかねている恋人の野球選手との間で悩む(セシリアは土曜のエピソードにも出てきて、最後にマイアミへ向け船出する)。
日曜の「泉」は楽しい。おんぼろアパートに住む老婆マルタが朝早く、住民を起こして召集をかける。「聖母が川の女神のためにパーティを開けとおっしゃった。今夜、パーティを開くから部屋に泉をつくって聖母をまつれ」。マルタの命に誰も逆らえない。男たちは、どこかからレンガやペンキを調達してくるし、女たちは料理やケーキをつくる。子供たちは海で魚を釣る。突貫工事で泉は完成し、日曜の夜はパーティで大団円。ハバナの夜は更けてゆく。
エピソードによって出来不出来はある。火曜の「ジャム・セッション」、水曜の「セシリアの誘惑」、日曜の「泉」が印象に残った。でもそれ以上に、月曜から日曜までハバナっ子の喜びや悲しみを綴りながら、背後に常にキューバ音楽が流れているのが快い。音楽とハバナの風景と人々を見ているだけで満足。
ああ、いよいよハバナに行きたくなってきた。
Comments
ハバナがお好きなのですね。
そしたら私が行った、この映画の試写なんて、もう雄さん大喜びだったんじゃないかなあ。
モヒート&キューバ音楽ライブ、そのあとパーティ付きでしたもん・・・。
さすがに監督が7人ともなると、1つ1つのエピソードを同じクオリティで揃えることが難しくなりますね。個人的には火曜にクストリッツァの本物が出てきた時点でビンゴでしたが(笑)
それでもハバナの空気が十分伝わる作品でした。
Posted by: rose_chocolat | August 13, 2012 01:16 PM
roseさんのブログを拝見して、え~、こんな試写があったんだ、と切歯扼腕しました。行きたかったなあ。
クストリッツァはほとんど地でしょうね。でもいい味出してた。早く新作を見たいもんです。
Posted by: 雄 | August 13, 2012 02:45 PM