『崖っぷちの男』 立ち竦む身体感覚
別に高所恐怖症でなくとも高いところから下を見ればたいていの人は身体が竦むし、そういう映像を見せられても身体は同じ反応をする。『崖っぷちの男(原題:Man on a Ledge)』は、そうした感覚を映画の最初から最後までうまく使っていた。そして最後にはその感覚を解放するために、高所から飛び降りるカタルシスまで用意されている。
ニューヨークの高所といえば高層ビルだけど、エンパイアステートビルのような超高層では、キングコングにはよくても人間の感覚にはあまりに高くて逆に現実感が薄くなるし、映画がVFXの世界になってしまう。いわば身体感覚の及ぶ高所ということで選ばれたのが、ミッドタウンのマディソン街と45丁目の角に建つ中層のルーズヴェルト・ホテル。
1924年開業の由緒あるホテルで、その典雅な外観から「マディソン街の貴婦人」と呼ばれる。毎年大晦日にはガイ・ロンバート楽団(団塊の世代には懐かしい名前です)の年越しパーティーが開かれることで有名だった。原題にあるledgeは、21階の部屋の窓の周囲に張り巡らされた棚のこと。人間1人が立てる程度の幅があり、ここだけ白色の石で組まれていて、建物のデザイン上のアクセントになっている。
映画は冒頭からいきなり原題通り「棚の上の男」のシチュエーションを提示する。ミッドタウンの地下鉄から出てきたニック(サム・ワーシントン)が偽名でチェックインし、21階の部屋で「最後の食事」を取った後、窓から外へ出て棚に立つ。自殺者がいると通行人が騒ぎはじめ、パトカーやはしご車がやってくる。ニックは交渉人として女性刑事リディア(エリザベス・バンクス)を指名する。
まずは問答無用でサスペンスの舞台をつくっておいて、その後おもむろに背景を説明しにかかる。アクション映画の常道だけど、やっぱり引きつけられる。ニックは30億円のダイヤを横領した罪で服役中の元ニューヨーク市警刑事で、父親の葬儀に出ることを許されたところを逃走した脱獄囚だった。
ニックの身元が判明するまでに時間がかかる。ニックはリディアに「俺はハメられた」と訴える。どうやらニックが時間稼ぎして人目を引いている間に、本当の狙いは別にあるらしい。ニックの弟・ジョーイ(ジェイミー・ベル)と恋人のアンジー(ジェネシス・ロドリゲス)が姿を現し、隣のビルの屋上から内部に侵入を試みる。
隣のビルには、ニックが横領したとされる30億円のダイヤを持つ宝石商・イングランダー(エド・ハリス。憎らしいほどうまい)のオフィスと保管庫がある。実際、ルーズヴェルト・ホテルの近く、47丁目の5番街と6番街の間はニューヨークのダイヤモンド街で、ここでは世界のダイヤモンドの半分以上が取引されていると言われる。
このあたりまでくると、どうやらこの映画が新手の「宝石泥棒」ものらしいことが分かってくる。闇でデヴィッドのために働いていたニックの指示で、ジョーイ(頼りにならない弟)とアンジー(必要もないのにビキニで着替えてみせたり)が保管庫の30億円のダイヤを盗みにかかる。ニックの狂言自殺を担当・指揮するのがニックを横領犯に仕立てた悪徳警官で、真相を知るニックを抹殺しようとする。自分も窓から棚に出てしまうリディアとニックが、男と女、なんだかいい雰囲気になってくる。
そんなストーリーが進行するなかで、ニックが報道ヘリの風圧にあおられて転落しそうになったり、SWATTに急襲されたり、高所で竦む身体感覚が何度も揺さぶられる。実際のロケとVFXを組み合わせているんだろうけど、はらはらどきどき度は満点(撮影は『マイ・ボディガード』『コラテラル』が印象深いポール・キャメロン)。後で考えればいろいろ無理はあるけど、見ている間はそういうことを感じさせないのがよくできたアクション映画。最後、ニックは21階から飛び降りてみせて、何度も味わわされた立ち竦む感覚を解放させる。
「宝石泥棒」ものの定石通り、すべてがうまくいき、死んだはずの父親まで生き返って、泥棒一家のラストはめでたしめでたし。監督はドキュメンタリー出身で、劇映画第1作のアンガー・レス。いかにもハリウッドのアクション映画だけど、定石にひねりを利かせて、これからも期待できそうだ。
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