渡部雄吉「Criminal Investigation」展
Watabe Yukichi photo exhibition
(写真はDMより)
今では渡部雄吉という写真家を知っている人も少なくなったかもしれない。1950~60年代、グラフ・ジャーナリズムの全盛時代に、『文芸春秋』『太陽』などを舞台に活躍した。
今回展示された「Criminal Investigation」(~7月8日、清澄白河・TAPギャラリー)は1958年の作品で、雑誌『日本』に「張り込み日記」として発表され、そのまま忘れられていたもの。半世紀後に神田の古書店でイギリス人によってオリジナル・プリントが発掘され、ヨーロッパで写真展が開かれ、パリで凝った造本の写真集まで出版された。このところ1950~60年代の日本写真の欧米での再評価が進んでいるけれど、これもその一環と考えていいんだろう。
内容は1958年に起こったバラバラ殺人事件の捜査を追ったドキュメント。警視庁に特別の許可を得て、2人の刑事に密着取材している。今では考えられない、写真にとっても雑誌にとっても牧歌的な時代だったんだなあ。ベテランと若手の刑事が組んで犯人を追う。警視庁での捜査会議。おそらく初冬、オーバーを着た2人の刑事が町に出て聞き込みをし、駅に張り込む。河原の葦原に佇む。一日が終わって居酒屋で疲れを癒す。
戦後の匂いが色濃く残る上野、浅草、入谷界隈と思しき場所を舞台に、どの場面も見事に決まっている。夜、上野(多分)の陸橋で懐中電灯で手元を照らしながら相談しているショットなど、まるでメグレ警視ものの一場面みたい。あるいは松本清張原作の映画『張り込み』か。取材の過程で渡部はきっと2人の刑事と親しくなり、さりげない演出がほどこされているようにも感ずる。それがドキュメンタリーなのにどこかフィクションめいた空気をつくりだし、とてもいい効果を上げている。
この作品の数年前に、エルスケンの『セーヌ左岸の恋』が世界的ベストセラーになっている。現実と虚構がないまぜになった見事な写真集だけど、「Criminal Investigation」は『セーヌ左岸の恋』の「ドキュ・ドラマ」を事件物に仕立て直してみせた応用編に思える。この時代の日本のフォト・ジャーナリズムの実力を見せつけられた。
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