『裏切りのサーカス』 小説と映画の相似
Tinker, Tailor, Soldier, Spy(film review)
『裏切りのサーカス(原題:Tinker, Tailor, Soldier, Spy)』の原作、ジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』を読んだのはもう30年以上前のことになる。
細かなところはなんにも覚えてない。でも、スパイ小説につきもののアクションやサスペンスは皆無。会話による頭脳ゲームだけで組織に潜む二重スパイをあぶりだしてゆくこの長編は、同じ英国諜報部員を主人公にしたイアン・フレミングの007シリーズ(高校時代に読みふけった)とは対照的に、動きのほとんどない、沈鬱な空気が今も記憶に残っている。
映画も、小説の世界をそのまま映像化してる。派手なシーンはいっさいなし。作戦の失敗で英国諜報部(通称サーカス)を引退したスマイリー(ゲイリー・オールドマン)が、諜報部トップ4人に潜むソ連のスパイ(もぐら)を摘発する任務につく。
普通のスパイ映画なら、スマイリーの宿敵・ソ連KGBのリーダーであるカーラや、もぐらが三角関係を結ぶスマイリーの妻などを登場させるところだけど、この映画ではカーラもスマイリーの妻も後姿を見せるだけ。設定や物語の面白さで映画をドライブする普通のスタイルは徹底して避けられている。いかにもイギリスふうの渋い映画だなあ。
もっとも監督はスウェーデン出身で、『ぼくのエリ 200歳の少女』のトーマス・アルフレッドソン。シャープな映像と演出で見る者を惹きつける。
小説の元になっているのは「キム・フィルビー事件」。ケンブリッジ卒のエリートであるキム・フィルビーがソ連に通じ、英国諜報部の幹部になって情報をソ連に流した。それが明らかになり、フィルビーはソ連に亡命した。事件はイギリス中を震撼させ、ジョン・ル・カレだけでなく、グレアム・グリーンもこの事件を基に『ヒューマン・ファクター』を書いている(こちらもアクション皆無のスパイ小説だった)。
現実の事件は1950~60年代、原作が出たのは1970年代だから過去の物語なんだけど、アルフレッドソンの映像とセットや調度品などの美術はノスタルジックな空気をまったく感じさせない(撮影はホイテ・ヴァン・ホイテマ)。
むろん建物や車や航空機は古いものだけど、サーカス内部の図書室や会議室などポスト・モダンにしつらえられ、今ふうな映像で切り取られている。そのことからも想像されるように、アルフレッドソンはこれを冷戦時代の過去の物語としてではなく、現在にも通ずる国家への忠誠と裏切りの物語としてつくろうとしているようだ。
エンタテインメントではないけれど、緊迫感あふれて楽しめる映画でした。
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