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May 10, 2012

『ル・アーブルの靴みがき』 港町人情噺?

Le_havre
Le Havre(film review)

『ル・アーブルの靴みがき(原題:Le Havre)』を見ながら、この物語はいつの時代に設定されているんだろう、と思った。ル・アーブルの港や主人公が住む下町の風景、人々の服装や車に今を感じさせるものはなにも出てこない。裏町の店のたたずまいや服装、車なんかは1960~70年代の感じだろうか。テレビも古い型だった(と思う)。でもユーロ紙幣を使っているから、ユーロが生まれた2002年以降の話ということになる。

アキ・カウリスマキのファンなら、そういう疑問がほとんど意味をもたないことは分かっている。カウリスマキの現代のお伽噺みたいな映画は、どれも今日の話でありながら過去を思わせるノスタルジックな感じがあり、そもそも厳密に時代を設定する必要なんかない。にもかかわらずそれが気になったのは、この映画がアフリカから密航してきた少年という、移民の問題を素材にしているから。

パリで作家志望だったボヘミアンのマルセル(アンドレ・ウィルム。カウリスマキの『ラ・ヴィ・ド・ボエーム』と同じ役名、同じ役者)が、夢破れル・アーブルで靴磨きをして妻のアルレッティ(カティ・オウティネン。カウリスマキの年老いたミューズ)とつましく暮らしている。アルレッティは重病で入院し、マルセルは港でアフリカから密航してきた少年イドリッサと出会い、家にかくまう。それを知ったご近所のパン屋や八百屋、バルのおやじ、おかみさんたちも協力し、果てはイドリッサを追う警視(ジャン=ピエール・ダルッサン)までも少年に同情して……。

これ、いったいいつの話なんだろうな。

もともとヨーロッパの国々は植民地を持っていたから、植民地から多くの「外国人」が入り、また労働力不足から積極的に移民を受け入れ、定住化を進めてもいた。でも1970年代にヨーロッパが不況になると一転して移民に厳しくなった。定住した移民は主に都市近郊の低所得者向けの団地に住み、世代交代が進む。移民2世3世は職も少なく、差別もあって、フランスではパリや地方都市で暴動が起こった。一方、移民に職を奪われたと考える国民、とくに若者たちは移民排斥を訴える極右に心を寄せている。昨年、ノルウェーで起こった連続テロ・銃乱射事件もイスラム系移民が増えたことが背景にある。大雑把にいって、それが移民をめぐるヨーロッパの現状だろう。

カウリスマキの映画がいつもお伽噺めいて、リアリズムでないことは分かっているし、現在とも過去ともつかない寓話性がカウリスマキの魅力であることも承知している。僕もカウリスマキのそこが好きだ。でもいつもは政治的な素材を避ける彼が移民を取り上げた以上、映画が発するメッセージは否応なく政治性をもってしまい、それを抜きにしては映画を語れなくなる。『寅さん』ヨーロッパ版みたいな下町人情噺とは、単純に楽しめなくなってしまう。

この映画に出てくるのは誰もが善意の人々で(唯一の例外が密告者のジャン=ピエール・レオ!)、みな密航者の少年に同情している。もともと少年はロンドンを目指しているから、ここに定住しようとしているわけではない。ル・アーブルはいっとき身を隠す場所にすぎない。だからこそ、マルセルと近隣の貧しい人々の「ひとときの冒険」が成り立つわけだ。でも、マルセルがここに住みたいと言ったら、ことはそう簡単ではなくなってしまうんじゃないだろうか。

それにマルセルにも近所のおじさんおばさんにも子供や孫はいないみたいだけど、もし彼らに子供や孫がいて、彼らが職につけないでいたら、密航者の少年をどんな目で見るだろう。そういうことをすべて抜きにしたこの映画のメッセージを言葉にすれば、人の善意がすべてを解決する、ってことだろうか。

カウリスマキの映画で社会問題を云々するのが野暮なことは分かっている。でも繰り返しになるけど、密航者や移民が登場する以上、そのことを見ずに、いつものお伽噺なんだし、最後に「奇跡」だって起こるんだから固いことなし、って画面に浸ることもできない。

カウリスマキが小津安二郎の映画を好きなことはよく知られている。僕はこれを見て与那覇潤の『帝国の残影』という面白い小津論を思い出した。

『東京物語』『晩春』など傑作として評価される家庭劇では、戦争と戦後の現実は周到に避けられている。小津は一方で『東京暮色』など戦争と戦後の現実に根ざした作品もつくっているが、それらは失敗作とされ、興行的にも失敗した。小津の名作群はまぎれもなく小津の作品ではあるけれど、同時に、戦争と戦後の現実から目をそらしたい観客の無意識が名作たらしめたのだ、という趣旨だった。

その伝で言えば、カンヌ映画祭で国際批評家連盟賞を受けた『ル・アーブルの靴みがき』は、ヨーロッパの現実を見たくない批評家と観客の無意識が名作たらしめた、ということになるだろうか。

この映画は「港町3部作」の第1作だという(wikipedia)。後の2作はスペインとドイツになるらしい。どんな映画になるのだろう。いろいろ言いつつ、やっぱり楽しめるし、期待してしまうのがカウリスマキ。ユーロスペースを出て、1階のカフェでカルヴァドスを頼もうとしたけどなくて、マルセルも飲んでた白ワインで我慢した。


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