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May 24, 2012

『別離』 二組の家族

Separation
A Separation(film review)

『別離(原題:JODAEIYE NADER AZ SIMIN)』のアスガー・ファルハディ監督は前作『彼女の消えた浜辺』を撮った後、イランでの映画製作を禁じられていた(wikipedia)。『彼女の消えた浜辺』はベルリン映画祭はじめいろんな賞を得たが、受賞スピーチのなかで、同じイランの映画監督でフランスに亡命したモフセン・マフマルバフ監督(『カンダハル』)への支持を訴えたためという。

幸い禁止措置は解除され、だから『別離』が撮られたのだが、イランで映画を撮るという行為が微妙な配慮を求められる活動であるのは確かだ。アッバス・キアロスタミ監督は政治性を超越した場所で生と死にまつわる映画をつくりつづけ、クルド系のバフマン・ゴバディ監督は『ペルシャ猫を誰も知らない』の体制批判で亡命を余儀なくされた。

ファルハディ監督の映画もまた、『彼女の消えた浜辺』にせよ『別離』にせよ、国を支配するイスラム法と齟齬を起こしつつある都市の中産階級を主人公に、許容されるぎりぎりを見定めながら映画をつくっているように見える。

英語教師のシミン(レイラ・ハタミ)が、娘の教育のため家族で出国する許可をとりつけた。ところが銀行員の夫・ナデル(ペイマン・モアディ)は、父親がアルツハイマーなので出国に同意せず、離婚沙汰になる。シミンは実家に戻ってしまい、ナデルは父の介護のため子連れの主婦ラジエー(サレ・バヤトチャドル)を雇う。ところがラジエーが無断外出した間に父親がケガをしてしまう。怒ったナデルがラジエーを突き飛ばしたことで、ラジエーは流産する。イスラム法では妊娠120日目以後は胎児に人格が認められ、ナデルは殺人容疑で拘束される。

そこからイラン流の法廷ドラマが始まる。といっても検事や弁護人がいるわけでなく、狭い部屋に判事がひとりだけ。ナデルはラジエーが妊婦であることを知りながら突き飛ばしたのではないか? ナデルが「知らなかった」と弁明すると、同席したラジエーの夫・ホジャットは彼に罵詈雑言を浴びせ、退席させられる。ラジエーは妊娠したことも、働いていることも、失業中の夫ホジャットに秘密にしていた。ナデルの嘘とラジエーの秘密が、事態をのっぴきならないものにしてゆく。

中流階級であるナデル一家と下層に属するホジャット一家が法廷の内と外で絡みあう。ナデルの保釈金も示談金も妻シミンの実家が用立てているから、シミンの実家は裕福なのだろう。移住許可を取れたのも、英語教師を職業にしているのも、そんな環境と無縁ではなさそうだ。イランといえば、今、核開発をめぐってアメリカと激しい対立の中にある。出国先は映画では明かされないが、アメリカかイギリスの英語圏と考えるのが自然だろう。いわば「敵国」に移住する。この映画を見る愛国的なイランの人々は、ナデル一家に反感を持つかもしれない。

ホジャットの家族は対照的だ。妻ラジエーは敬虔なイスラム教徒。介護するナデルの父が粗相したとき、服を脱がせて体に触れてもいいものか、電話で聖職者に相談するような女性だ(女性は家族以外の男性の肉体に触れてはならない)。夫ホジャットは頑固で乱暴者。ナデルに自分と家族の名誉を少しでも傷つけるような言動があると殴りかかる。「名誉殺人」(妻が姦通した場合、妻と相手を殺してもかまわない)が慣習としてある地域だから、名誉のためなら獄舎も死もいとわない、典型的なイスラム圏の男と言えるだろうか。

映画の最後に、示談金をめぐってふたつの家族は再び対照的な姿を見せる。

示談金交渉がまとまった和解の席で、ナデルはラジエーに、「自分(ナデル)が突き飛ばしたことで流産した」とコーランに誓ってほしいと言う。その前のシーンで、ラジエーはナデルの妻シミンに、「車に撥ねられたのが流産の原因かもしれない」と告白していた。そのことを知ったシミンが夫のナデルに知らせたのかどうか、映画は語らない。でももしナデルがそのことを知っていたとしたら、イスラムの戒律を逆手にとってラジエーに難題をふっかけたことになる。

一方、車に撥ねられたことで流産したかもしれないと思っているラジエーは、イスラム教徒として、突き飛ばされて流産したとコーランに誓うことができない。止めようとする夫のホジャットを振り切り、和解の席を立ってしまう。

ラジエーの秘密とナデルの嘘に始まった事態はもつれにもつれ、結局、ナデルとシミン、ホジャットとラジエーの二組の家族をばらばらにしてしまう。後に、それぞれの娘が残される。俗化した(善くも悪くも日本人の常識に近い)中流のナデル夫妻と、宗教や風土的慣習の色濃い下層のホジャット夫妻。その二組の家族それぞれが今のイランの現実を反映していることは確かだろう。そして宗教や風土を超えた男と女のリアルな姿が映し出されているからこそ、僕たちの身にも迫ってくるんだと思う。

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