乳頭温泉巡り 黒湯
朝、孫六温泉から黒湯へ移動する。といっても、孫六温泉からは先達川の対岸に黒湯の建物が見えている。木橋を渡り、歩いて5分とかからない。先達川と黒湯沢が合流するあたりに黒湯はある。
このあたり冬は4メートル近い雪が降る。除雪されたバス停から黒湯の一軒宿まで数キロあるから、冬は閉鎖される。4月20日に営業を再開して、まだ1カ月もたっていない。
建物の日陰には根雪が残る。
木造の建物はすべて黒く塗られ、幾棟かはカヤ葺き屋根。孫六は昔ながらの素朴な山の宿といった風情だけど、こちらは洗練された山の宿。HPもあり、インターネットで簡単に予約できる。もっとも孫六と同様、昔ながらの自炊棟もある。
敷地には源泉の賽の河原がふたつあり、硫黄泉がこんこんと湧き出ている。風呂は混浴の内湯と露天、男女別の内湯と露天、それにもうひとつの内湯と2つの打たせ湯がある。
黒湯でいちばんの風呂は、なんといっても混浴の露天。受付棟の裏にあり、内湯から扉を開けて外に出ると、浴槽の周囲にブナの柱が立ち、屋根がかけてある。
湯は乳白色で柔らかい。熱さもちょうどいい。周囲に人が来る場所もないから、風呂には囲いがない。さえぎるもののない視界に賽の河原と黒湯沢の流れが広がる。ランプ型の電球がついている。電気が来たのは2年前。それまでは自家発電で、もっと前は本物のランプだった。
人が入っていない時を見計らって長々と風呂につかると、乳白色の湯の心地よさ、目に入る風景の穏やかな美しさに、こういう宿以外では味わえない幸せな気分にひたれる。
夜はまた岩魚の塩焼きの贅沢。隣にベトナムのホーチミンから来た若い女性2人が浴衣姿で座った。ひとりはショートヘアの活発な子で英語を話す。もうひとりは長い髪が楚々とした印象。混浴に興味深々で、「カップルは混浴に入るのがいやじゃないですか?」などと聞いてくる。「ここへ来たなら試さなきゃ。遅い時間なら誰もいないから行ってごらん」とけしかけた。それにしても、ベトナムから女性だけでこんな山の宿まで来るんだなあ。
こちらは男女別の内湯(もちろん男湯です)。広い湯船が気持ちよい。混浴の湯より薄い乳白色。もっとも源泉は混浴も男女別も透明で、時間がたつと乳白色が強くなる。だから湯を張りかえたばかりのせいで色が薄いのかもしれない。
黒湯の打たせ湯は昔から有名。「秋田」を数十年にわたって撮った木村伊兵衛も撮影している。
男女別の露天。先達川と、遠くに乳頭山の稜線。
翌日の食事のとき、今度はニューヨークから来た20代の夫婦と隣合った。男性はコロンビア大学の法科大学院に在籍していて、これから半年、東京の法律事務所で研修するそうだ。僕がブルックリンのフォート・グリーンに1年住んでいたと言うと、「えっ、そこには友達がいるから行ったことあるよ。世間は狭いですね」と流暢な日本語で答える。温泉大好き。黒湯はインターネットで探したそうだ。ここから盛岡を経由して、宮古の浄土ケ浜に行くという。僕も去年の秋、宮古市田老に行ったので、津波の被害について話す。
それにしても、昨日今日と続けて外国人と出会った。箱根や伊豆ばかりでなく、というより、こういう山の一軒宿を好む外国人がたくさんいるんだ。
Comments