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May 29, 2012

『ミッドナイト・イン・パリ』 12時のプジョー

Midnight_in_paris
Midnight in Paris(film review)

シンデレラは深夜12時の鐘の音とともに魔法がとけてしまうけど、パリのアメリカ人ギル(オーソン・ウィルソン)は12時の鐘とともに魔法にかかる。最近のタイム・トリップものはVFXを最大限使って過去や未来へ旅するけれど、この映画はタイム・トリップとお伽噺を重ねて1920年代へアナログな旅をする。

パリの裏道が、100年前も今もほとんど変わらないのをうまく使ってる。そこへ12時の鐘とともに馬車ならぬ旧式のプジョーが現われ、車に乗ることでギルは1920年代のパリへと連れ去られる。通りはカルチェ・ラタンのモンターニュ・サント・ジュヌヴィエーブ通り。20年以上前に仕事でこの界隈を歩いたことがあるけど、記憶に間違いなければパンテオンに向かって登る狭い坂道だった。そのショットを見て思い出した写真がある。

ウジェーヌ・アジェは19世紀末~20世紀初頭のパリを写した写真家で、彼には狭く曲がりくねった石畳のジュヌヴィエーヴ通りを写した作品がある。1930年代のパリ風俗を撮影したブラッサイの『夜のパリ』には、車のウィンドー越しに撮った、パーティに出かけるらしい着飾った男女が談笑しているショットがある。その2枚の写真を重ねると、この映画の「魔法がかかる」瞬間が再現される。

ギルが迷い込んだ1920年代のパリは、小説、詩、絵画、映画、写真、ダンスなどなど現代アートの源流がそこで生まれた神話の時代だった。その中心のひとつが作家ガートルード・スタイン(キャシー・ベイツ。似てる)のサロン。

サロンに集まったのはヘミングウェイ(本物もこんなエキセントリックな男だったんだろうな)、スコットとゼルダのフィッツジェラルド夫妻ら「ロスト・ジェネレーション」の作家たち。ピカソとその愛人アドリアナ(マリオン・コティヤール。ピカソには何人も愛人がいたから、そのひとりがモデルだろう。いい女)。ダリ(エイドリアン・ブロディ。これも雰囲気似てて笑える)や写真のマン・レイ、映画のルイス・ブニュエルらシュールレアリストたち。ほかに作曲家コール・ポーター、アフリカ系ダンサーのジョセフィン・ベイカー、詩人のジャン・コクトーやT.S.エリオットらキラ星のような名前にギルは次々に出会う。

ギルはアドリアナとともに、1920年代からもう一時代前のベル・エポックのマキシムにトリップして、ロートレックやゴーギャンにも出会う。パリという都市とともに思い出される芸術家が総出演。バックに流れるコール・ポーターはウッディ好みの1930年代ジャズ。現代芸術の「神々」(それは世界中の多くの人の神々でもある)が生きていた時代に生まれ、彼らに会ってみたいというウッディ・アレンの「夢」を、映画という「夢」の形を借りて実現させた映画だなあ。

ところでウッディ・アレンはずっとニューヨークを舞台に映画を撮ってきた。10年ほど前から映画づくりの拠点をヨーロッパに移し、最近の作品はロンドンやバルセロナを舞台にしている。『人生万歳』でいったんニューヨークに戻ったけど、今回はパリ、次回作はローマだそうだ。

ウッディの映画を都市という視点から見ると、ニューヨークという都市の過去現在を撮りつくして、主題をヨーロッパの都市に移したことになる。ウッディにとってのニューヨークは大河ドラマだけど、『ミッドナイト・イン・パリ』はこれ1本でパリを語りつくそうという盛りだくさん。

冒頭、パリの名所名所を深い色で写した数々のショットからもそれはうかがえる。ナレーションが言うように、雨のパリのしっとり濡れた美しさには誰もがうっとりするはず。勘ぐれば、世界中の映画祭での高評価に比べて興行成績の上がらないウッディが、観光スポットとパリの有名人を総動員して、どうだ、これがオレのパリだ、とつくってみせた映画にも思える。それは成功し、1700万ドルの製作費に対しウッディの作品で最高の1億4800万ドルの興収を上げた(wikipedia)。

それにしても、いつもながらアメリカ人とハリウッドに対してウッディは辛らつだなあ。ギルの婚約者イネズ(レイチェル・マクアダムス)親子はロスのセレブで、親娘の浅薄さがパリを舞台に際立つ。彼らがニューヨーカーでなく、ロスの住人に設定されているのがいかにもウッディらしくて笑える。主役のギルはハリウッドの売れっ子脚本家だけど、満たされずに作家への転進を夢見て小説を書いている。最後にギルが婚約者を捨ててパリに残るのは、ウッディのアメリカへのグッバイと取れなくもない。

……と、いかにもウッディらしいユーモアと辛らつと知的くすぐりと都市の風景が詰め込まれて、なんとも楽しい映画でした。

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Comments

これは楽しかったですね。
フィッツジェラルドやヘミングウェイ、エリオットとかには会ってみたいです(笑)
最後のレア・セドゥがまたよかった。

Posted by: rose_chocolat | June 03, 2012 at 09:26 AM

ゼルダに振り回されるスコットと、誰にでもつっかかる口調のアーネスト。「移動祝祭日」の空気がよく出てましたね。T.S.エリオットがこの時期パリにいたとは知りませんでした。

レア・セドゥは美人女優なのに、そのへんの姉ちゃんみたいな雰囲気がまたよくて。

Posted by: 雄 | June 03, 2012 at 01:11 PM

こんにちは。
"ウッディ・アレンの「夢」を、映画という「夢」の形を借りて実現させた映画"でしたね、本当に。
アレンのアメリカ観が織り交ぜられながら、パリと芸術・文化についての思いが物語られていて、ニヤリとさせられながらも至福のひとときでありました。
こんなふうにアメリカ人を描いたりもしながら、興行的成績も最高とは何よりですw

Posted by: かえる | June 06, 2012 at 10:35 AM

ウッディ・アレンでこういう幸福感につつまれた映画は意外にないですよね。
たいてい彼のシニカルさがところどころ棘のように飛び出していて。初期の「マンハッタン」とか「ラジオデイズ」あたりしか思い浮かびません。
その意味で、うまく年をとったということでしょうか。

Posted by: 雄 | June 06, 2012 at 07:19 PM

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