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February 03, 2012

『J・エドガー』 「強い男」の神話

J__edgar
J.Edgar(film review)

クリント・イーストウッドは『J・エドガー(原題:J.Edgar)』でつくりあげた主人公を、元FBI(米連邦捜査局)長官、J・エドガー・フーバーを端的に言って好きなんだろうか、嫌いなんだろうか。映画を見ながらそんなことを考えたのは、監督であるイーストウッドが主人公にどう向き合っているのか、共感しているのか、それとも批判的に見ているのかが微妙に思えたからだ。

1930年代にFBIを強大な組織につくりあげ、リンドバーグ事件やギャングとの対決で名を上げた男。第二次大戦中はスパイ摘発、戦後の冷戦期には赤狩りでリベラル派に敵対した反共主義者。マイノリティへの露骨な差別主義者。歴代大統領はじめ要人の秘密を握り、恐怖によって半世紀に渡り大きな権力を行使しつづけた男。

例えばリベラル派のオリバー・ストーン監督なら、アメリカの影の権力者としてのフーバーを憎々しげな主人公に仕立ててシニカルに映画化したにちがいない(多分、つまらない映画になったろう)。一方、「政治的正しさ」にうるさい現在のアメリカで、今どきこんな反共主義者、差別主義者を単純なヒーローとして描けるはずもない。イーストウッドの描くJ・エドガーは、そのどちらでもないように見える。ではイーストウッドはフーバーのどこに惹かれたのか。

役者としてのイーストウッドが演じてきた人間像、映画監督としてのイーストウッドが造型してきた数々の主人公をふりかえってみると、『J・エドガー』がやはりイーストウッドの映画だなと思えるのは、それが「強い男」の物語であることだ。

1960年代までの西部劇と、その伝統を継いでイーストウッドが役者として名を上げたマカロニ・ウェスタンは典型的な「強い男」の映画だった。ハリウッドへ戻ったイーストウッドのヒット作「ダーティ・ハリー」シリーズも、西部劇のヒーローを現代都市に甦らせた「強い男」の映画だった。その後、イーストウッドは役者だけでなく監督としても映画を作りはじめたが、相変わらず「強い男」を演じつづけ、「強い男」を主人公にした映画を作りつづけた。

でも、監督としてのイーストウッドの個性は、1960年代までの西部劇のヒーローのような「強い男」を、表側からだけでなく、裏側からも見ていることにあるのではないか。外面的な「強い男」の背後に、どのようなものが潜んでいるのか。ハリウッドの伝統に立ちながらもハリウッド的な単純さとは一線を画し、善悪正邪で割り切れない人間の複雑さに目をこらしていることが、イーストウッドをアメリカを代表する監督に押し上げたのだと思う。

『荒野のストレンジャー』も『ペイルライダー』も、ヒーローに死の影が色濃くまとわりついている西部劇だった。『センチメンタル・アドベンチャー』では珍しく「強くない男」を主人公にしているし、製作に回った『タイトロープ』では主人公の警官は性的なトラウマに悩まされている。『ホワイトハンター ブラックハート』では、タイトル通りブラックハートな映画監督が主人公だった。2000年代に入ってからは『ブラッドワーク』『ミスティック・リバー』『父親たちの星条旗』『グラン・トリノ』と、「強い男」の背後にあるものを見据えた傑作を連発している。

ところでイーストウッドは政治的には右派で共和党支持と言われるけど、彼の「強い男」の映画はマイノリティーへの差別とは無縁だ。イーストウッドの西部劇に悪役としてのインディアンが出てきたことはないと思う。逆に『父親たちの星条旗』は主人公のひとりが先住民系に設定され、マイノリティの目から見た第二次大戦~戦後史という側面を持っていた。現代的西部劇『グラン・トリノ』でも、イーストウッドが助けるのはベトナムから移民してきたマイノリティのモン族だった。

そんなイーストウッドの体質を見てくると、『J・エドガー』で彼がフーバーのどこに惹かれたのかが見えてくる。J・エドガーは、まぎれもなくイーストウッド映画の「強い男」の系列に属する主人公だ。ただし、イーストウッドは権力者である「強い男」をこれまで描いたことも、演じたこともない。フーバーの差別主義者としての顔も、イーストウッド映画とは相容れない。

イーストウッドが惹かれるのは、フーバー(レオナルド・ディカプリオ)という「強い男」が内に秘めていたものだ。小さいときから「強くなれ」と教育した母親との、近親相姦の匂いを感じさせる母子関係。片腕であるクライド(アーミー・ハマー)との密かなホモ・セクシュアルの関係。一方では、秘書のヘレン(ナオミ・ワッツ)との永遠のプラトニック・ラブみたいな関係。

そんなふうに「強い男」の内側が描写されるけど、なかでもゾクッとくるのは、母が死んだ後、フーバーがクローゼットから母のドレスを取り出して身につけ、ネックレスを首に巻くところだ。このシーンはフーバーに異性装者との噂があったことに基づいているらしい。いつの間にか、いろんな社会的事件よりフーバーのさまざまな愛のかたちのほうが前面に出てくる。

映画は自らFBIをつくり、死ぬまで長官だったフーバーの50年間の表と裏を、時間を前後させながら追ってゆく。例えばリンドバーグ事件とか、ギャングとの戦いとか、ケネディ兄弟との暗闘とか一点に的を絞れば、もっとドラマチックな語り方もできたはずだ。でもそれをすれば、否応なく主人公はヒーロー(アンチ・ヒーロー)になってしまい、見る者に感情移入を強いることになる。

それをせず、叙事に近い語りを採用したことで、いつものイーストウッドとは一味違うテイストの映画になった。それが監督の主人公へに対する微妙な距離感になったんだろう。好みでいえば、強烈な個性のヒーロー(アンチ・ヒーロー)に即して語る映画こそイーストウッドの本領だと思うけど、年老いてなおさまざまなスタイルで映画をつくるイーストウッドは、やはりすごい。

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