« 春はまだ | Main | 脱原発世界会議 »

January 10, 2012

『哀しき獣』 外部の視点・朝鮮族

Photo_2
The Yellow Sea(film review)

新年最初の映画を何にしようか。あれこれ迷った末に、韓国映画『哀しき獣(原題:黄海)』にした。まだ正月気分が抜けないからエンタテインメントがいい。その選択は正解だった。もっとも、明るくハッピーな映画じゃない。重苦しく、ノワールなアクション映画。140分、完成度に難はあるけど、見る者を釘付けにする。改めて韓国映画の実力を思い知らされた。

冒頭、映画は中国の延辺朝鮮族自治州の都市、延吉から始まる。6万元(約73万円)の借金を背負った朝鮮族のタクシー運転手グナム(ハ・ジョンウ)が、賭けマージャンに深入りして稼いだ金を失う荒んだ生活を続けている。借金は妻を韓国に出稼ぎに送り出すために使った金だが、妻からの連絡は途絶えている。暗い地下室のような賭場で暴れたグナムは、朝鮮族ギャングのボス、ミョン(キム・ユンソク)に引き合わされる。ミョンはグナムに、ソウルで人を1人殺してこい、そうすれば妻も捜せるし、借金もチャラにしてやると言う。

ここまでが導入部。実際に延吉にロケしたのかどうかわからないけど、薄暗く汚れた街の猥雑な空気が、ぐらぐら揺れる手持ちカメラと多用されるクローズ・アップで活写される。深作欣二の『仁義なき戦い』を初めて見たときみたいな印象。グナムは大連から密航船に乗り、黄海(原題)を横切って韓国の尉山(ウルサン)に密入国するのだが、このあたりの描写もダイナミック。原題にもなっている黄海の暗い海は、映画全体を象徴するイメージになっている。

ソウルでは漢江(ハンガン)の南の新開地、江南(カンナム)が舞台になる。殺す相手は大学教授だが、風俗ビルを何軒も経営している。グナムが教授の住むビルを見張っていると、別の男たちも教授を狙っていて、殺人現場で鉢合わせすることになる。ここから映画は逃げるグナムと、グナムを追う警察、教授の弟分率いる韓国人ギャング、延吉からやってきたミョンと朝鮮族ギャングが入り乱れた追跡と殺戮の劇になる。

追跡劇は、グナムが走って走って走りまくって逃げる。ナ・ホンジン監督の前作『チェイサー』もソウルの坂道を疾走する映画だったけど、そりゃあ無理でしょ、という状況でもとにかく逃げる。SFX全盛の時代に、こんなふうに生身の体を張ったシーンにこだわるのがいいね。

殺戮もまたすさまじい。『チェイサー』も血糊ぎとぎとだったけど、この映画はそれ以上。なかでも朝鮮族ギャングのボス、ミョンが手斧をふりかざして敵を殺しまくるのは、パク・チャヌク監督『オールド・ボーイ』の金槌と同様、振り下ろされるたびに見ている者の痛覚を刺激してリアルだ。映画の後半は、グナムを追いながら生き残りをかけなりふりかまわず殺しまくるミョンのほうが、ぐっと存在感を増す。

先ほど引き合いに出した『仁義なき戦い』シリーズは、激しいバイオレンスの底に、戦後日本とは何だったのか、という深作欣二の問いが流れていた。この映画も、主役二人が朝鮮系中国人という韓国社会の外部の人間に設定されたことで、現在の繁栄する韓国に対する苦い視線がそこここに感じられる。

グナムに銃を向けながら、へっぴり腰で逃がしてしまう警察官。グナムが、「お前は朝鮮族か」と問われる場面があるのは、貧しく非合法な滞在者も多い朝鮮族は韓国人から見れば身についた空気(あるいは言葉遣い)が違い、そこにはなにがしか蔑みの視線も含まれているだろう。

そして最後に、グナムが請け負った殺しがたかだか男女関係のもつれの果てであることがわかる。そんなことのために自分の命が買われたことを知ったとき、グナムは無言で無表情だ。逃亡の果てに、グナムは深い哀しみを抱えて妻の遺骨を抱え瀕死で黄海に船出する。

もっともこの映画、韓国上映版はもっと長く、日本版はかなりカットされているようで、話がよくわからないところがある。大学教授を狙う暗殺者が鉢合わせするのは、教授夫妻のW不倫の果てらしいんだけど、そのあたりが腑に落ちないので、コマとして使い捨てられたグナムの哀しみがいまひとつ伝わってこない。長い長いカーチェイスや殺戮シーンを削ってでも、物語のキモに当たる部分をきちんと描写してほしかった。

エンドロールになってからも、どんでん返しのショットが挿入されるけど、それがグナムの哀しみを際立たせるようにはなっていない。残念だなあ。うまくつくれば深作欣二の『仁義なき戦い 広島死闘編』や『仁義の墓場』みたいな傑作になったかもしれないのに……。ではあるけれど、楽しめた。

|

« 春はまだ | Main | 脱原発世界会議 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41136/53688130

Listed below are links to weblogs that reference 『哀しき獣』 外部の視点・朝鮮族:

» 哀しき獣/황해 [LOVE Cinemas 調布]
衝撃の問題作『チェイサー』のナ・ホンジン監督と、俳優のハ・ジョンウ、キム・ユンソクの3人が再び組んだコリアンノワールだ。借金返済のために韓国に密入国した韓国系中国人=朝鮮族の男が思わぬ事態に巻き込まれ、命を狙われることになる。ハ・ジョンウとキム・ユンソクが見せる演技は相変わらず鬼気迫る迫力だ。... [Read More]

Tracked on January 10, 2012 at 12:55 PM

» 哀しき獣 / 黄海 /THE YELLOW SEA [我想一個人映画美的女人blog]
ランキングクリックしてね larr;please click 「チェイサー」でデビューのナ・ホンジン監督とハ・ジョンウ、キム・ユンソクが再びタッグを組んだクライムサスペンス。 って事で、「チェイサー」が面白かったので初日鑑賞、2012年の初劇場映画 罠にはめら...... [Read More]

Tracked on January 10, 2012 at 07:49 PM

» 哀しき獣 [佐藤秀の徒然幻視録]
黄海のワケワカメ 公式サイト。原題:黄海、英題:The Yellow Sea。ナ・ホンジン監督、ハ・ジョンウ、キム・ユンソク、チョ・ソンハ、イ・チョルミン、カク・ピョンギュ、イム・イェウォ ... [Read More]

Tracked on January 10, 2012 at 07:57 PM

» 哀しき獣 [あーうぃ だにぇっと]
哀しき獣@京橋テアトル試写室。 roseさんにお誘いいただき観てきました。 [Read More]

Tracked on January 10, 2012 at 09:23 PM

» 『哀しき獣』 (2010) / 韓国 [Nice One!! @goo]
原題: THE YELLOW SEA/黄海 監督: ナ・ホンジン 出演: ハ・ジョンウ 、 キム・ユンソク 、 チョ・ソンハ 試写会場: 京橋テアトル試写室 公式サイトはこちら。 Twitterで当選しました。 キタコレ!さんのご招待です。 ありがとうございました。 こちらは2...... [Read More]

Tracked on January 11, 2012 at 01:34 AM

» 『哀しき獣』 [京の昼寝〜♪]
□作品オフィシャルサイト 「哀しき獣」□監督・脚本 ナ・ホンジン □キャスト ハ・ジョンウ、キム・ユンソク、チョ・ソンハ、イ・チョルミン、カク・ピョンギュ、       イム・イェウォン、タク・ソンウン、イーエル、チョン・マンシク■鑑賞日 1月3日(火...... [Read More]

Tracked on January 14, 2012 at 07:07 AM

» 哀しき獣 [心のままに映画の風景]
北朝鮮とロシアに接する中国領“延辺朝鮮族自治州”でタクシー運転手として働くグナム(ハ・ジョンウ)は、妻を韓国に出稼ぎに出した際の借金がかさみ、窮地に追い込まれていた。 そんな時、裏社会を牛耳る...... [Read More]

Tracked on January 20, 2012 at 03:23 PM

» 哀しき獣 黄海 [まてぃの徒然映画+雑記]
『チェイサー』のナ・ホンジン監督とハ・ジョンウ、キム・ユンシクのトリオがまた凄い作品を作ってきた! 中国の延辺朝鮮族自治州でタクシードライバーを営むグナム(ハ・ジョンウ)の家庭は、娘を母親に預けて妻が韓国へ出稼ぎに行っている。しかしこのところ妻からの...... [Read More]

Tracked on January 22, 2012 at 12:53 PM

» 黄海〜『哀しき獣』 [真紅のthinkingdays]
 THE YELLOW SEA  黄海  中国・延辺朝鮮族自治州。タクシー運転手のグナム(ハ・ジョンウ)は韓国に 出稼ぎに出た妻と連絡が途絶え、苛立ちを募らせていた。借金に苦しむ彼は、 裏社会の...... [Read More]

Tracked on February 01, 2012 at 11:44 PM

» 獣になることで・・・ [笑う学生の生活]
映画「哀しき獣」を鑑賞しました。 韓国映画 借金返済のために殺人を請け負った男  計画、実行、逃亡・・・ シンブルながらテンション高く見せますね 140分という長さながら 最後までストーリー、人物は絡み合い まったく飽きない 真相を追うサスペンス性 そして 過...... [Read More]

Tracked on February 05, 2012 at 11:24 AM

» ■映画『哀しき獣』 [Viva La Vida! <ライターCheese の映画やもろもろ>]
『チェイサー』のナ・ホンジン監督が贈る衝撃の韓国映画『哀しき獣』。 観ている最中、まさに鈍器で頭を殴られるような衝撃を味わうことができます。 スイートなラブストーリーだけでなく、こういう人間の本質をえぐるような映画を生み出せるのが、韓国映画の底力だよなあ。... [Read More]

Tracked on February 08, 2012 at 10:43 AM

« 春はまだ | Main | 脱原発世界会議 »