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December 21, 2011

『無言歌』 風の風景

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The Ditch(film review)

先週、「中国が映画規制を強化」というニュースがあった。

内容は、「憲法に対する破壊・反抗を扇動する映画」「国家統一、領土保全に危害を与える映画」「民族の歴史を歪曲する映画」などの製作を禁止するいうものだ。要するに党が好ましくないと判断したら、どんな映画でも製作・上映を中止することができるということ。映画を未許可で外国の映画祭に出品すると、以後の映画製作を禁止するという条項もある。経済は野放図な資本主義化を進めながら、文化については逆に党によるイデオロギー統制を強めようというものだ。

もちろんこれまでの中国も映画に対する統制はあった。1980年代にチェン・カイコー、チャン・イーモウらが登場して傑作を次々に送り出した時期、政治的テーマに関しては「4人組」の仕業とされた文化大革命批判までは許されても、神格化された毛沢東批判は許されないと言われた。そのラインを踏みこえ、暗喩表現とはいえ毛沢東批判を滲ませた『青い凧』(作品としてはあまりいい出来とは思わなかったが)のティエン・チュアンチュアン監督は、以後10年以上も映画をつくることができなかった。その後、中国映画はさまざまに花開いたけれど、直に政治に触れるテーマは周到に避けられている。

今回のニュースは、政治的には来年の国家主席交代による統制強化を先取りしているのかもしれない。でもこの記事を読んだとき、具体的には『無言歌(原題:夾辺溝)』と監督ワン・ビン(王兵)のことが絡んでいるかもしれない、と感じた。

『無言歌』はこれまでのワン監督のドキュメンタリー(未見)と同様、資金もスタッフも元国営の大手撮影所でなくインディペンデント系の映画として製作されている。資本はフランスとベルギーで、「制作会社が中国ではないので、中国の電影局に申請することはしませんでした」とワン監督は言う(web DICE「ワン・ビン監督は映画の最も根幹に遡る」)。この作品は無許可で撮影されたわけだ。

また『無言歌』は2010年のヴェネツィア映画祭に出品されているけれど、それが「サプライズ上映」だったことから察するに、中国国内で撮影したフィルムを未現像のまま国外に持ち出し、国外でポスト・プロダクションをして中国当局には何も知らせず映画祭で上映したのではないだろうか。もしそうだとすれば、このやり方にはかつて戒厳令下の台湾でホウ・シャオシェン監督がタブーだった「2.28事件」を素材に『悲情城市』を撮影し、持ち出した未現像フィルムを日本で仕上げてヴェネツィア映画祭に出品し、グランプリを取ったことで台湾当局も認めざるをえなかった先例がある。

『無言歌』は中国では上映禁止になっている。それはワン監督のこうした確信犯的な映画づくりの手法にもよるだろうが、それ以上に、この映画がまぎれもなく毛沢東批判になっているからだと思う。

映画の舞台は1960年。「反右派闘争」で右派のレッテルを貼られた都市住民やインテリがゴビ砂漠の収容所に送られ、強制労働させられている。折から「大躍進」政策の失敗で数千万人の餓死者が出たといわれる飢餓に襲われ、収容された人々が次々に死んでいく。『無言歌』はそのありさまを声高に非難するのではなく、引き気味のカメラがそこで起きていることをじっと見つめる、といったスタイルの映画になっている。。

先ほどの記事でワン監督は「自分としては、純粋に政治的なものとか、何かについて抗議をしたいとか反抗したいとかそうした意図はまったくありません」とも言っている。そのとおりなのだろうし、またワン監督は今も中国で映画をつくっているから、そのことへの配慮もあるだろうけど、「反右派闘争」も「大躍進」も毛沢東が発動したものだから、見る人が見れば、その意図はどうあれ毛沢東批判と読まれてしまうのは作り手自身も十分に分かっているだろう。

でも僕が『無言歌』をすごいと思うのは、そうした映画をめぐる状況のせいじゃない。なにより、作品としての完成度が高い。映画製作をめぐるいきさつや、映画の背景にある1960年前後の中国の現代史を知らない人が見ても、『無言歌』には打ちのめされるはずだ。それはこの作品が余分な情報をすべて切り捨てて主題を単純化し、人間の生と死、そのぎりぎりの局面での人間のふるまい方についての映画になっているからだと思う。

見渡す限りの荒野と、吹きすさぶ砂嵐。地下に穴を掘っただけの部屋と、土の上にベッドが並ぶ収容所。収容者たちは着のみ着のままで冬を越す。食料を求めてネズミを殺し、枯れ草のわずかな実を集め(このシーンの出演者は実際に収容所を生き延びた人)、他人が吐いたゲロを食べ、果ては人肉を求めて墓を暴く。

朝、地下の一室でまた死者が出た。死体を布団にくるんで運び出そうとする収容者に、部屋の班長が言う。「そのままにしておけ。まずは飯にしよう」。班長は冷酷な人間ではない。収容者にも収容所長にも信頼されている男だ。彼は、別の死者が出て、着ているものが剥がれて丸裸にされ、布団も持ち去られてしまったことを告げられたときも、こう言う。「誰かがそれを村へ持っていって食料と交換したのなら、それでいい。死んだ者より生きてる者が大切だ」。

そんな生と死のぎりぎりの選択が迫られる場面で、なお友の頼みを聞き、歩けなくなった師を背負い、夫の死を受け入れられない妻の墓探しに何日もつきそう。そんな男たちがいることを、カメラはぶっきらぼうに映し出している。

この映画に「悪人」は出てこない。収容所長も死者が続出していることを上部に告げ、収容者を家に帰すことを求めていた。所長に目をかけられた班長は、家に帰らず、新たに来る収容者の面倒を見るために残ることを決める。

この収容所の過酷は誰がもたらしたものか。映画は何も言わないけれど、吹きすさぶ風の風景がその答えを指し示している。

ワン・ビン監督の劇映画第1作。「規制強化」のニュースも絡み、彼の映画と彼自身から目が離せない。


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Comments

お早うございます。
本作についてレビューをアップしているめぼしいブログが殆ど見当たらないところ、「雄」さんのブログを発見して、ツイ嬉しくなってTBをさせていただきました。
(ただ、よく調べると、「雄」さんの昨年の「今年の10本」に早くも掲上なさっていたのですね!)

今年もどうかよろしくお願いいたします。

Posted by: クマネズミ | January 10, 2012 at 07:04 AM

私もこれを書いたとき、他のブログを探したのですが、ほとんど見つかりませんでした。好みやセンスが同じ方のブログがあるのは心強いことです。

こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

Posted by: 雄 | January 10, 2012 at 01:39 PM

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