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November 28, 2011

『恋の罪』 言葉とカラダ

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Guilty of Romance(film review)

小生がやってるニフティのブログに「検索ワード・ランキング」というのがある。例えば「浦和 古地図」とか検索エンジンに単語を入力し、検索した結果、小生のブログにたどり着いたものについて、単語(言葉)の多い順にランキングしたものだ。

2週間ほど前から、そのランキングに「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」というのが急に増えた。田村隆一の「帰途」という詩の書き出しで、一昨年だったか、映画『空気人形』の感想を書いたときに引用したことがある。それが今頃なぜ? 最近、世の中でこの詩が話題になった覚えもないし…と思っていたら、『恋の罪』を見てその疑問が解けた。映画の中で「帰途」が繰り返し出てきて、テーマに深くかかわる使われ方をしていたからだ。映画を見た人がこの詩に興味を持って、あるいは映画での使われ方の意味を求めて検索したんだろう。

人気作家の妻・いずみ(神楽坂恵)が、愛のない日常生活から風俗に足を踏み入れる(って、いかにも類型的だね)。いずみは渋谷・円山町で街娼の美津子(冨樫真)に出会うが、美津子は昼は大学で文学を教えるエリート女性(「東電OL殺人事件」がモデル)。いずみが美津子に会うために大学に行くと、美津子は教室で「帰途」の詩句をスライドに映して講義している。

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか

……

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる

いずみは美津子の導きで、デリヘル嬢として円山町にさらに深く足を踏みこんでゆく。言葉の世界、意味が意味である世界(この社会)と、言葉のない世界、意味が意味にならない世界(円山町の廃墟アパートに象徴される)の間、昼の世界と夜の世界を行き来する二人の女。円山町の殺人事件を捜査する刑事の和子(水野美紀)もまた、昼の世界の仕事でも家庭でも満たされないものを抱えて、いずみと美津子に心を共鳴させてゆく。

『恋の罪』はそうした三人の女の「言葉が言葉にならない世界」への旅をめぐるドラマなんだけど、「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」という「帰途」の詩句が繰り返し、くどいくらいに登場して映画の核を明示する。もっとも、だからといっていずみ、美津子、和子の三人の女が「意味が意味にならない世界」に惹かれて(社会的には堕ちて)ゆくディテールが説得力を持って描かれていることにはならない。

美津子がいずみの舌や唇を触りながら「本当の言葉はね、カラダを持っているの」と呟く場面があるけれど、スクリーンに映し出されるいずみ、美津子、和子が「カラダを持っている」ようには僕には思えなかった。三人の女が抱える闇は「帰途」の言葉で比喩できるとしても、それだけでは彼女たちは観念の道具にすぎない。それが「カラダを持つ」ためには、異なった皮膚と血をもった三人の女それぞれが「言葉のない世界」に惹かれてゆく道行きを観客に納得させなきゃいけない。『恋の罪』はそのことに失敗している。

ひとことで言えば三人とも類型にすぎ、人間を描けてない。欲張りすぎ、ってことだろうか。『愛のむきだし』で園子温はボーイ・ミーツ・ガールのために、2本分の映画をつくって男と女それぞれが出会う瞬間までの時間を描いてみせた。その伝でいけば、『恋の罪』はいずみ、美津子、和子それぞれの3本分の映画が必要だったということになるのかな。

園子温の特徴である過剰な描写もここでは裏目に出ている。韓国映画でいえばキム・ギドクの変態性とパク・チャヌクの暴力性を併せもつ園子温の過剰さは『愛のむきだし』でも『冷たい熱帯魚』でも成功していたけど、ここでは円山町の廃墟アパートも、どしゃぶりの雨も、長いセックス描写も、冨樫真や大方斐紗子の怪演も観念的な空疎さを際立たせることにしかなっていない、と思う。フランツ・カフカの「城」が殺人事件のキーワードとして出てくるところも無用の文学趣味だし、三人の女の造型が男目線なのも気になった。

……などと不満を並べたのも、期待が大きかった裏返しにほかならない。似たテイストの映画で、似たような失敗作に『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』があったけど、ヒロインは『ヌード…』の佐藤寛子も『恋の罪』の神楽坂恵も新人(あるいはキャリアの乏しい女優)だった。どちらも脱ぎっぷりだけはよく、脱ぐことを求められる映画だからキャスティングに制約があるのは分かるけど、もう少しなんとかしてほしい(って、園監督は恵ちゃんと結婚しちゃったから、これからも彼女主演アリか)。役者さえよければ、どんな観念にも映画的なカラダを持たせられるものだけどなあ。

「帰途」は、やっぱり『空気人形』のほうがふさわしいと思う。主役の二人がそろってベネツィア映画祭で新人俳優賞を受賞した新作『ヒミズ』に期待しよう。


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Comments

はじめまして。
『空気人形』についてのレビューで田村隆一の詩を全文引用されているのを見て、「雄」さんの博識振りとその解釈の深さに心底驚きました。
ただ、本作における田村隆一の詩を巡っては、当方の全くの理解不足を承知の上で、「雄」さんがおっしゃっていることにつき、誠につまらないコメントをさせていただければと思います。
「雄」さんは、「『恋の罪』はそうした三人の女の「言葉が言葉にならない世界」への旅をめぐるドラマ」とおっしゃっているところ、クマネズミの方は、「本当の言葉はね、カラダを持っているの」と言う尾沢助教授と一緒になって、菊池いずみも、「本当の言葉」、「カラダ」(=真の意味)を求めに行くのではないかと思いました。
これまでも求めており、さらにこれからも求めに行くのですから、「スクリーンに映し出されるいずみ、美津子、和子が「カラダを持っている」ようには思えな」いのかもしれません。
ですが、田村隆一の詩自体は、「言葉のない世界」、「意味が意味にならない世界」(それを「雄」さんは、「言葉が言葉にならない世界」とおっしゃっているのだと思われます)の方が良いんだよ、と言っているようで、「本当の言葉」を求めようとするのは尾沢助教授の思い入れ(「言葉のない世界」などありえないのだから、逆に「本当の言葉」を求めようとする)では、そしてその思い入れを醸成したのがカフカの小説ではないのか、と思ってみたりしました(「雄」さんは、「フランツ・カフカの「城」が殺人事件のキーワードとして出てくるところも無用の文学趣味」とおっしゃいますが)。
クマネズミには、本作は、もしかしたら「映画的なカラダ」(=女優)に「観念」を被せようとするもの、3人の女優は「観念の道具」であり、わざと「類型」的に見えるように描かれているのではないか、と思えました。

Posted by: クマネズミ | January 10, 2012 at 06:55 AM

ていねいなコメントをありがとうございます。

田村隆一の「帰途」についてのクマネズミさんの解釈は、それはそれで十分に成り立つと思います。私が書いたことも、あくまでひとつの解釈にすぎませんから。

ただ、その差がどこから生まれてきたかを考えると、映画に入り込めたか、入り込めなかったかの違いから来ているのではないでしょうか。クマネズミさんはブログで「素晴らしい仕上がり」と書いておられるように、この映画に入り込めたのでしょう。私は逆に、期待が大きかっただけに人間があやつり人形に見えて入り込めませんでした。解釈はあくまで事後的なものですから、まず映画を見たときの「感動」に左右されます。そこからクマネズミさんは、「『映画的なカラダ』(=女優)に『観念』を被せようとする」方向で好意的に解釈し、私は「人間が描けてない」と否定的に解釈したのかもしれません。

あるいは、クマネズミさんはこの作品を大島渚系列の観念映画として評価されていますが、私の「人間が描けてない」は年寄りじみた古臭い映画の見方なのかもしれません(私も大島渚は大好きですが)。ともあれ、いろんな解釈が楽しめるのが映画であり、映画について、ああ、こんな解釈があるんだと楽しめるのがブログだと思います。

クマネズミさんのブログ、これからも楽しませていただきます。

Posted by: 雄 | January 10, 2012 at 01:31 PM

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