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October 17, 2011

紅葉の万座(2) 八ツ場ダム予定地

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autumn in Manza spa(2)
(万座峠の紅葉)

万座へ行くには、いつも新宿からの直行バスを利用する。

バスは関越自動車道を渋川・伊香保インターで降り、吾妻川に沿って吾妻渓谷をさかのぼってゆく。日本のどこにでもある山村風景だけど、途中、川原湯あたりに差しかかると風景が劇的に変わる。新しい道路や新しい橋、山をぶちぬいた長いトンネルなど巨大な土木工事がそこここで進められている。

山の中腹につけ替えられた新しい道路から渓谷を見下ろすと、豆つぶのようなブルドーザーやクレーン車が動いている。大風景を見下ろす爽快感と、それを人間がいじくりまわしていることへの違和感がないまぜになった、奇妙な感情に襲われる。ここは八ツ場ダムの建設予定地なのだ。

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7、8年前、川原湯温泉に行ったことがある。JR吾妻線の川原湯駅を降り、駅前の道を10分ほど歩くと、田んぼや林のなかに10軒ほどの旅館が点在している。草津や伊香保みたいな繁華な温泉街ではなく、かといって山奥の秘湯でもなく、近在の人たちが折にふれて集まり、湯につかっては酒を酌みかわすといった感じのひなびた温泉だった。

僕が泊まったやまきぼし旅館は、数年後にはダムの底に沈むことが決まっているのに(当時)、新しい露天風呂をつくっていた。その意気に感じた嵐山光三郎が「崖湯」と命名している。初冬の季節、紅葉の渓谷を見下ろす文字どおり崖上の風呂で、透明な熱めの湯が気持ちよかった。

八ツ場ダムは1952年に最初の計画が発表され、1967年に現在の場所への建設が決まった。以後、町(長野原町)をあげての建設反対運動があり、やがてかなりの人々が賛成に転じ、工事が始まって代替地の高台への移転が進んだ。川原湯温泉のHPを見ると、現在は「一部の旅館と飲食店を除き85%の家が移転完了した」という。

2009年に民主党政権が誕生すると「コンクリートから人へ」のキャッチフレーズで大型公共工事の見直しが始まり、八ツ場ダムがその象徴として建設中止が宣言されたが、地元は納得せず、建設続行か中止か結論が宙に浮いているのはご存知のとおりだ。

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半世紀近く前に大学へ入ったときの政治学の最初の講義で、亡くなった内田満先生が「政治(学)に求められるのはウォーム・ハート(温かな心)とクール・ヘッド(冷静な頭脳)です」と語ったのを覚えている。目の前で苦しんでいる一人の人間を救うウォーム・ハートと、国全体、さらには世界全体や数十年後の未来を見据えて物ごとを考えるクール・ヘッドが共に必要だということだったと理解している。

民主党が当初掲げた大型公共工事の見直しは、それなりに理由のあるものだったと思う。大型公共工事は右肩上がりの高度成長時代の産物で、大規模な土木公共事業によって国のすみずみまでがアスファルトとコンクリートで覆われた。そのような国のありかたは「土建国家」と呼ばれた。1990年代以降の低成長の時代に入ってもそれは続いていたから、無駄な公共事業の見直しは時代の要請に応えたものであり、大型ダムはその象徴だった。

利水・治水の多目的ダムである八ツ場はその代表的なもので、建設の前提とされた首都圏の水需要は低成長で伸びず、治水は八ツ場をつくらなくても解決でき、吾妻渓谷の自然環境と景観を破壊してしまう。しかも4800億円という巨額な工事費の8割以上は道路やJR吾妻線を高台へつけ替えるための費用で、ダム本体の工事費は1割強にすぎない。なんのためのダムであり工事なのか、という疑問が出てくるのは自然だろう。

八ツ場をはじめとする全国のダム計画を見直すためには、地元住民だけでなく国民全体が納得できるよう第三者機関をつくり、データを開示しながら公開で検討することが必要だったはず。その場合、八ツ場のように着工ずみのダムは、そこに住む人々の生活が既に影響を受けている。それらについては計画中のものとは別に、進捗状況にあわせた住民への配慮が必要だった。ましてや八ツ場のように半世紀近く国に翻弄されてきた人々に対しては。それがウォーム・ハートとクール・ヘッドということだろう。

ところが前原国交大臣はいきなり「八ツ場建設中止」をぶち上げ、地元住民と自治体が反発して、進むことも退くこともできない暗礁に乗り上げてしまった(前原は尖閣問題でも同じ行動パターンを取る)。それ以来、事態は一歩も進まず、それだけでなく、いちばん大事なはずの八ツ場以外のダム計画の検討にいたっては、まったく手がつけられていない。ウォーム・ハートもなければクール・ヘッドもない、最悪の状態になっている。

東日本大震災と原発事故についても、同じような感想を抱くことがある。この国の政治が抱える根深い病なのだろう。

万座への往き帰りにバスの窓から川原湯の風景をながめながらぼんやり考えていたことを言葉にしてみた。


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