『アクシデント』 事故多発区域
『アクシデント(原題:意外─日本語の「事故」の意)』の冒頭と最後に、赤い三角形のなかに黒い丸を描いた交通標識が2度出てくる。調べると、「事故多発区域あり」(JAF「世界の道路標識」)。どちらのシーンも車が人をはねて死者が出た事故現場だけれど、実は両方とも事故に見せかけた完全犯罪の暗殺だった。
事故を装った暗殺を請け負うブレイン(ルイス・クー)ら4人の暗殺チームが引き受けた仕事が実はブレインその人の事故死を狙って仕組まれた暗殺計画で、それを察知したブレインが逆に事故を装った暗殺を仕掛けて……と、二重三重にはりめぐらされた暗殺者同士の暗闘が香港の路上を舞台に展開される。
世界的に評価の高い香港ノワールのつくり手、ジョニー・トーが自分のプロダクション「銀河映像」で製作に回り、彼の助監督も務めたソイ・チェンの監督作品。同じ「銀河映像」でトー製作、トーの脚本を書くヤウ・ナイホイが監督した『天使の眼 野獣の街』はトーのテイストを受け継ぎながら小気味いいエンタテインメントに仕上がっていたけど、この映画はジョニー・トーのスタイルをさらに押し進めようとする感じ。寡黙でクールな語りと凝った映像はトーの映画かと錯覚するくらいだ。ただあまりに説明しないため、これは何なのかよく分からないショットもある。
映画の出だしはブレインら暗殺チームの鮮やかな仕事ぶりがテンポよく描かれる。女(ミシェル・イェ)が車をエンコさせて渋滞を引き起こし、おやじ(フォン・ツイファン)の運転するトラックが道をふさいでターゲットの車を脇道に誘い込む。太っちょ(トー映画の常連、ラム・シュー)がビルの上から宣伝の垂れ幕を落下させてターゲットの車の視界をふさぎ、ターゲットが幕を引きちぎろうとすると支柱が壊れてビルのガラスが粉々になりターゲットの脳天に降り注ぐ。通行人を装ったリーダーのブレイン(作戦を立案するチームの頭脳)がターゲットの死を確認する。
本格ミステリーのトリックみたいな、ありえない設定だけど、それをいけしゃあしゃあと、しかも香港の雑踏にロケして見る者に映画的リアリティを感じさせてしまうあたり、香港ノワールの面目躍如といったところだ。
映画はこのまま暗殺チームの鮮やかな仕事ぶりとチームワークを追って展開するのかと思うと、別の方向に動きだす。ブレインはアジトで他のメンバーが話しているのを盗聴している。彼はメンバーを信用していない。おやじはメンバーに嘘をつく。誰か裏切り者がいるのか、チームに不穏な空気が漂っている。
その不穏な空気のまま、次の仕事が動き出す。雨の夜、路上を走るトラム(路面電車)の電流を使ってターゲットを感電死させる計画。看板が林立する狭い街路すれすれに走る2階建てトラム、そこに降り注ぐ夜の雨という舞台設定が素晴らしい。
夜と雨だけでなく、昼の光も印象に残る。ブレインは自分を狙う男(リッチー・レン)の部屋の真下の部屋を借り、男の部屋を盗聴にかかる。内装の剥がれた室内。天井には、階上の部屋に忍び込んで調べた家具の位置がチョークで書かれている。窓に引かれたカーテンを通して逆光が入ってくる。暗殺者一味の影がカーテンに映る。
そんな情感あふれる映像のなかに差し挟まれるユーモア。階上のベッドのあえぎ声が、盗聴機の緑のランプの点滅によって無音で示される。にやりとするシーン。
最後には、この映画がつくられた2009年に実際にあった皆既日食まで暗殺計画に取り込まれている。光からしばしの闇へ、そして甦った光が事故(暗殺計画)を演出する。
ブレインを演ずるルイス・クーのクールさを、フォン・ツイファンの曲者のおやじと、人の良さそうな太っちょラム・シューが際立たせている。ミシェル・イェの女があっけなく殺されてしまうけど、トー組の映画はいつも男と女の話に興味を示さないから当然といえば当然か。
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