« 台風近づく京・大阪で | Main | 金木犀の香り »

September 29, 2011

『スリーデイズ』 プリウスからシェビーへ

Next_three_days
The Next Three Days(film review)

僕たちがスクリーンで、ある役者を見ているとする。そのとき、彼(彼女)をその映画に登場する架空の人物として見ているわけだけど、同時にその役を演じている役者としても見ている。固有名詞をもった生身の役者と、彼が演じる架空の人物とが交差する、その虚実の間を楽しんでいる。だからその映画の架空の人物には、役者が過去に演じた架空の人物たちの記憶が重なってくる。

『スリーデイズ(原題:The Next Three Days)』でラッセル・クロウが演ずる大学教師の役は、ラッセル・クロウという役者の過去の記憶をうまく使っているな、と思った。

僕がラッセル・クロウを初めて見たのは『LAコンフィデンシャル』だった。映画自体も都市の闇を艶やかに描きだした傑作だったけど、LA警察の粗暴な刑事を演じたラッセルが発する暴力的な気配は印象的だった。次に見たのが『グラディエーター』。古代ローマの剣闘士役で、ラッセルは映画の最初から最後まで闘いつづけていた。この映画でラッセルはアカデミー主演男優賞を得て、スターの仲間入りする。

あと記憶に残っているのは、『シンデレラマン』。肉体労働で日銭をかせぐ元ボクサーがリングに復帰する話で、大恐慌下の下層労働者の雰囲気を実にうまく出していた。その間に『ビューティフル・マインド』の天才的数学者みたいな役もあるけど、『アメリカン・ギャングスター』とか『ロビン・フッド』とか、今にいたるまでラッセル・クロウは一貫して肉体派の役者というイメージがある。

ラッセル演じるジョンは、ピッツバーグのコミュニティ・カレッジで文学を教えている。公立の2年制大学の教師だから知的エリートというわけでなく、ごく普通の中流階級の男という役どころ。過去の映画で見せた引き締まった肉体と精悍な顔つきでなく、太り気味の体と冴えない風貌をもった中年男といった風情で登場してくるのは、もちろん計算の内だろう。

妻・ララ(エリザベス・ブレナン)が殺人の罪で投獄され(冤罪なのか、見る者にも最後まで分からない)、自殺を図ったことから、ジョンは妻を脱獄させることを決意する。大学教師らしく、まず脱獄に関する本を読み、著者に話を聞きにいく。ララに面会しながら刑務所の内外を探り、カメラで撮影する。偽造パスポートを買おうと怪しげなクラブに行くのだが、騙されてぼこぼこにされ、有り金を巻き上げられてしまう。どんな鍵穴にも合うキーをつくって刑務所内で試してみても、あえなく失敗して看守に警告されてしまう。

息子との日常生活を送りながら、とても成功しそうにない脱獄計画を練る冴えないラッセル・クロウ。でも見る者は、過去の彼の映画を脳裏に浮かべながら、あのラッセル・クロウなんだから、きっとやってくれるに違いないと期待をかける。監督のポール・ハギスは、そういう観客の期待を先延ばしし、うまく操りながら物語を進めていく。そうそう、冴えない男のジョンがトヨタのプリウスに乗り(「環境意識の高い犯罪者なのか?」と警官のジョーク)、決然たる男として計画を実行するときはアメリカ車シェビー(シボレー)に乗りかえるのには笑ってしまった。

ポール・ハギスは脚本家としても監督としても、内容の深みと物語ることのサスペンスフルな面白さを兼ね備えた、ハリウッドの数少ない一人だと思う。

彼の名前を最初に知ったのは、クリント・イーストウッド『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家としてだった。女性ボクサーとトレーナーの友情でもあり愛情でもあるドラマ。続けてイーストウッドの『父親たちの星条旗』の脚本では、マイノリティーの視点からアメリカの「正義の戦争」を切ってみせた。監督第1作の『クラッシュ』では、やはりマイノリティーへの視線を保ちながら、都市に生きる人々の偶然のドラマをトリッキーな構成で見せてくれた。第2作『告発のとき』はイラク戦争を素材にした社会派映画(僕はこの作品、アメリカで見たのでセリフの細部がよく分からず、間違った評価をしているかもしれない)。

この『スリーデイズ』では、ポール・ハギスはサスペンスフルな面白さを求める職人的なつくり手に徹しているように見える。冤罪の問題とか、都市の暗部とか、社会的な広がりを持ちそうな部分もあるけど、それは薬味程度に抑えて、もっぱら脱獄と逃亡のサスペンスに徹している。脱獄から15分で市内中心部が封鎖され、35分で高速道路料金所も封鎖されるというタイムリミットを設け、しかも計画通りに行かず次々にラッセル・クロウと観客を未知の状況においておく。サスペンスの常道だけど、はらはらさせられる。

ラッセル・クロウが過去の映画のように派手に肉体を暴発させるシーンこそないけれど、それでも十分に楽しめた。フランス映画『すべて彼女のために』(未見)のリメイク。こちらも評判良かったけど、はらはらどきどき度はどっちが上なんだろう。

ラスト、反米チャベス政権のベネズエラに逃げて幸せに暮らしましたとさ、というオチはフランス版にもあったのか、それともポール・ハギスの皮肉っぽいユーモアなのかな。


|

« 台風近づく京・大阪で | Main | 金木犀の香り »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 『スリーデイズ』 プリウスからシェビーへ:

» スリーデイズ/ラッセル・クロウ、エリザベス・バンクス [カノンな日々]
他に『4デイズ』と『5デイズ』という別作品がほぼ同じ時期に日本で公開されるんですよね?これってたまたまの偶然なんですか?この映画は2008年のフランス映画『すべては彼女のため ... [Read More]

Tracked on September 29, 2011 09:51 PM

» スリーデイズ [LOVE Cinemas 調布]
2008年に公開されたフランス映画『すべて彼女のために』を『告発のとき』のポール・ハギス監督がリメイク。無実の罪で投獄された妻を救うために奔走する夫。しかし無常にも万策尽き、追い詰められた夫は妻を脱獄させることにする。主演は『ロビン・フッド』のラッセル・クロウ。共演に『ブッシュ』のエリザベス・バンクス、『96時間』のリーアム・ニーソン。緊迫の逃走劇が今始まる!... [Read More]

Tracked on September 29, 2011 10:13 PM

» スリーデイズ / THE NEXT THREE DAYS [我想一個人映画美的女人blog]
ランキングクリックしてねlarr;please click ポール・ハギス監督, 脚本作じゃなかったら主演も興味なかったからスルーしてたかも。 試写にて鑑賞 ポール・ハギスと言えば、イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」、「父親たちの星条旗」、 男の...... [Read More]

Tracked on September 30, 2011 08:39 AM

» 『スリーデイズ』 [京の昼寝〜♪]
□作品オフィシャルサイト 「スリーデイズ」 □監督 ポール・ハギス □オリジナル脚本 フレッド・カバイエ、ギョーム・ルマン □脚本 ポール・ハギス □キャスト ラッセル・クロウ、エリザベス・バンクス、ブライアン・デネヒー、       タイ・シンプキンス、...... [Read More]

Tracked on October 01, 2011 12:31 PM

» 妻の人生を取り戻すために〜『スリーデイズ』 [真紅のthinkingdays]
 THE NEXT THREE DAYS  大学教師のジョン(ラッセル・クロウ)は、愛妻ララ(エリザベス・バンクス)と一人 息子ルークと幸せに暮らしていた。そんなある日、ララが殺人容疑で逮捕されて し...... [Read More]

Tracked on October 03, 2011 04:34 PM

» 映画:The Next Three Days(日本未公開) ハリウッド版リメイクの出来は? [日々 是 変化ナリ 〜 DAYS OF STRUGGLE 〜]
フランス映画「すべて彼女のために」のハリウッドリメイク版だそう。 ただこちらは凄い豪華バージョン。 まず監督が、脚本の実績も多い監督 ポール・ハギス(クラッシュ他) そして、主演はラッセル・クロウ。 無実の罪で有罪→刑務所に入った妻を救う方法は「脱獄」し...... [Read More]

Tracked on October 08, 2011 11:26 AM

» 脱獄させるために、 [笑う学生の生活]
30日のこと、映画「スリーデイズ」を鑑賞しました。 妻が殺人容疑で捕まり 刑も確定してしまう そこで 夫のジョンは妻を脱獄させようと決意する 脱獄モノとはいえ そこにいたるまでを じっくり見せていきますね リアリティがあり それぞれの苦悩、ドラマもあり まぁ、...... [Read More]

Tracked on October 08, 2011 10:55 PM

» 映画:スリーデイズ  日本公開が迫ったので、新・旧両作の出来をポイント加算で比較してみた。 [日々 是 変化ナリ 〜 DAYS OF STRUGGLE 〜]
日本未公開の段階で 2011-06-04アップした、The Next Three Days。 この映画は、フランス映画「すべて彼女のために」のハリウッドリメイク版。 日本タイトル「スリーデイズ」も決定し、間もなく公開に。 今日はこの、新・旧の出来を比較してみたい。 (ここからタイトル...... [Read More]

Tracked on October 09, 2011 06:40 AM

» 「スリーデイズ」 ドン・キホーテの見る世界 [はらやんの映画徒然草]
無実の罪で妻ララが殺人犯として逮捕されてしまった、大学教師ジョン(ラッセル・クロ [Read More]

Tracked on October 10, 2011 08:03 AM

» スリーデイズ [映画的・絵画的・音楽的]
 『スリーデイズ』(The Next Three Days)を吉祥寺のバウスシアターで見ました。 (1)この映画のオリジナルのフランス映画『すべて彼女のために』を昨年の3月に見たことがあって、リメイク版を見ても仕方がないのではと思っていましたが、やはりラッセル・クロウの主演...... [Read More]

Tracked on October 12, 2011 05:17 AM

» 映画「スリーデイズ」その覚悟はあるか [soramove]
「スリーデイズ」★★★★ラッセル・クロウ、エリザベス・バンクス、 ブライアン・デネヒーレニー・ジェームズ、 オリヴィア・ワイルド、タイ・シンプキンス、 ヘレン・ケアリー、リーアム・ニーソン主演 ポール・ハギス監督 134分、2011年9月23日公開 2010,アメリカ,ギャガ (原作:原題:THE NEXT THREE DAYS ) 人気ブログランキングへ">>→  ★映画のブログ★... [Read More]

Tracked on October 26, 2011 08:23 PM

« 台風近づく京・大阪で | Main | 金木犀の香り »