『スリーデイズ』 プリウスからシェビーへ
The Next Three Days(film review)
僕たちがスクリーンで、ある役者を見ているとする。そのとき、彼(彼女)をその映画に登場する架空の人物として見ているわけだけど、同時にその役を演じている役者としても見ている。固有名詞をもった生身の役者と、彼が演じる架空の人物とが交差する、その虚実の間を楽しんでいる。だからその映画の架空の人物には、役者が過去に演じた架空の人物たちの記憶が重なってくる。
『スリーデイズ(原題:The Next Three Days)』でラッセル・クロウが演ずる大学教師の役は、ラッセル・クロウという役者の過去の記憶をうまく使っているな、と思った。
僕がラッセル・クロウを初めて見たのは『LAコンフィデンシャル』だった。映画自体も都市の闇を艶やかに描きだした傑作だったけど、LA警察の粗暴な刑事を演じたラッセルが発する暴力的な気配は印象的だった。次に見たのが『グラディエーター』。古代ローマの剣闘士役で、ラッセルは映画の最初から最後まで闘いつづけていた。この映画でラッセルはアカデミー主演男優賞を得て、スターの仲間入りする。
あと記憶に残っているのは、『シンデレラマン』。肉体労働で日銭をかせぐ元ボクサーがリングに復帰する話で、大恐慌下の下層労働者の雰囲気を実にうまく出していた。その間に『ビューティフル・マインド』の天才的数学者みたいな役もあるけど、『アメリカン・ギャングスター』とか『ロビン・フッド』とか、今にいたるまでラッセル・クロウは一貫して肉体派の役者というイメージがある。
ラッセル演じるジョンは、ピッツバーグのコミュニティ・カレッジで文学を教えている。公立の2年制大学の教師だから知的エリートというわけでなく、ごく普通の中流階級の男という役どころ。過去の映画で見せた引き締まった肉体と精悍な顔つきでなく、太り気味の体と冴えない風貌をもった中年男といった風情で登場してくるのは、もちろん計算の内だろう。
妻・ララ(エリザベス・ブレナン)が殺人の罪で投獄され(冤罪なのか、見る者にも最後まで分からない)、自殺を図ったことから、ジョンは妻を脱獄させることを決意する。大学教師らしく、まず脱獄に関する本を読み、著者に話を聞きにいく。ララに面会しながら刑務所の内外を探り、カメラで撮影する。偽造パスポートを買おうと怪しげなクラブに行くのだが、騙されてぼこぼこにされ、有り金を巻き上げられてしまう。どんな鍵穴にも合うキーをつくって刑務所内で試してみても、あえなく失敗して看守に警告されてしまう。
息子との日常生活を送りながら、とても成功しそうにない脱獄計画を練る冴えないラッセル・クロウ。でも見る者は、過去の彼の映画を脳裏に浮かべながら、あのラッセル・クロウなんだから、きっとやってくれるに違いないと期待をかける。監督のポール・ハギスは、そういう観客の期待を先延ばしし、うまく操りながら物語を進めていく。そうそう、冴えない男のジョンがトヨタのプリウスに乗り(「環境意識の高い犯罪者なのか?」と警官のジョーク)、決然たる男として計画を実行するときはアメリカ車シェビー(シボレー)に乗りかえるのには笑ってしまった。
ポール・ハギスは脚本家としても監督としても、内容の深みと物語ることのサスペンスフルな面白さを兼ね備えた、ハリウッドの数少ない一人だと思う。
彼の名前を最初に知ったのは、クリント・イーストウッド『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家としてだった。女性ボクサーとトレーナーの友情でもあり愛情でもあるドラマ。続けてイーストウッドの『父親たちの星条旗』の脚本では、マイノリティーの視点からアメリカの「正義の戦争」を切ってみせた。監督第1作の『クラッシュ』では、やはりマイノリティーへの視線を保ちながら、都市に生きる人々の偶然のドラマをトリッキーな構成で見せてくれた。第2作『告発のとき』はイラク戦争を素材にした社会派映画(僕はこの作品、アメリカで見たのでセリフの細部がよく分からず、間違った評価をしているかもしれない)。
この『スリーデイズ』では、ポール・ハギスはサスペンスフルな面白さを求める職人的なつくり手に徹しているように見える。冤罪の問題とか、都市の暗部とか、社会的な広がりを持ちそうな部分もあるけど、それは薬味程度に抑えて、もっぱら脱獄と逃亡のサスペンスに徹している。脱獄から15分で市内中心部が封鎖され、35分で高速道路料金所も封鎖されるというタイムリミットを設け、しかも計画通りに行かず次々にラッセル・クロウと観客を未知の状況においておく。サスペンスの常道だけど、はらはらさせられる。
ラッセル・クロウが過去の映画のように派手に肉体を暴発させるシーンこそないけれど、それでも十分に楽しめた。フランス映画『すべて彼女のために』(未見)のリメイク。こちらも評判良かったけど、はらはらどきどき度はどっちが上なんだろう。
ラスト、反米チャベス政権のベネズエラに逃げて幸せに暮らしましたとさ、というオチはフランス版にもあったのか、それともポール・ハギスの皮肉っぽいユーモアなのかな。
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