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September 09, 2011

『ゴーストライター』 不安の感情

Ghostwriter
The Ghost Writer(film review)

『ゴースタライター(原題:The Ghost Writer)』を一緒に見ていたた映画友達のMittyさんが「ポランスキーはアメリカが嫌いみたい」とつぶやいたけど、ほんと、これはイラク戦争を素材にしたアメリカ嫌いの政治スリラーだった。しかも国際政治のリアルな設定でありながら、ポランスキー独特の「不安」に満ちたミステリーとして楽しめたのがいいな。

アメリカの「テロとの戦い」に協力しイスラム教徒容疑者を拷問したことで国際司法裁判所の調査を受けるという設定の元英国首相ラング(ピアーズ・ブロスナン)は、どう見てもイラク戦争時にブッシュ政権と一心同体だったブレア元首相。映画のなかでアメリカの国務長官が一瞬出てくるけど、これもライス元国務長官そっくりさんのアフリカ系女性だった。

引退したラングはアメリカ東北部海岸の島に滞在して自伝を執筆しているのだが、ゴーストライターが謎の死を遂げる。後任に指名されたユアン・マクレガー(役名なし。元首相に向かって「自分はゴースト」と自己紹介するのみ)が島に赴く。前任者の死に不審をいだいたユアンが調べはじめると、身辺に不穏な動きが……。

映画のなかで島の名は語られないけど、舞台に擬せられているのはボストン南方100キロの海岸に面し避暑地として知られるマーサズビンヤード島。毎年夏にオバマ大統領一家やクリントン夫妻が訪れ、有名人の別荘が多いのでも有名な島だ。島の対岸でフェリーの港があり、CIAエージェントのハーバード大教授が住むという設定のビンヤード・ヘイブンとともに、富裕な白人層が住むスノッブな風景のなかを、ジーンズにセーター姿のしがない「ゴースト」(ユアン・マクレガーぴったり)が動き回る。

といっても、実際にマーサズビンヤード島でロケされているわけじゃない。なにしろロマン・ポランスキーは少女強制猥褻容疑で裁判中にアメリカから逃亡して、以来フランスに住み、アメリカに入国できない身の上だから(ポランスキーは冤罪を主張してるけど、彼の反米気分はそういう個人的事情からも来ているに違いない)。

で、実際に撮影されたのは北ドイツで、北海に浮かぶジルト島(wikipedia)。避暑客のいない淋しい冬の風景が素晴らしい。冒頭から最後まで、どんよりと暗い雲におおわれた空。降りつづく氷雨。風に揺れる砂丘の草原。荒れた海。この寂寥の風景が、映画の基調低音である「不安」を醸し出す。ユアン・マクレガーとともに、映画のもう一方の主役と言いたいくらいだ(撮影は『戦場のピアニスト』のパヴェル・エデルマン)。

そんな舞台装置のなかで、ポランスキーはまるでヒッチコックのように、「ゴースト」の不安が高まるのをじっくり描きこんでゆく。画面の背後で絶えず響くオーケストラの音(音楽はアレクサンドル・デスプラ)も、ヒッチコックはじめ1950年代の古典的サスペンス映画の雰囲気を思い出させる。

目を引くアクション・シーンは皆無。「ゴースト」が歩きまわるうちに前任者が殺された状況を再現することになってしまい、車で追跡されるシーンも、フェリーでCIA要員に狙われるシーンも、演出は控えめだ。最後、出版記念パーティでユアン・マクレガーが元首相の妻(オリヴィア・ウィリアムズ)に何人もの人手を介してメモを届ける長いショット、メモを読んだ彼女に無言でワイングラスを上げてみせるショット、その後の「死」を直接描写せずに原稿が風に舞うラストシーンも、いかにも大人のサスペンスといった風情で品がある。

考えてみれば、ポランスキーは処女作『水の中のナイフ』(高校時代に見て惚れこんだ)から『反撥』『ローズマリーの赤ちゃん』『チャイナタウン』といった脂が乗りきった1960~70年代の作品群、その後の、出来は悪かったけど『フランティック』などのミステリー、老年になって復活をとげた『戦場のピアニスト』といった映画で、一貫して「不安」のさまざまな様相を主題にしてきたようにも思える。

それはユダヤ系ポーランド人のポランスキーが、両親がナチスの強制収用所に送られ、自身もナチス占領下のフランスで逃亡生活を送り、戦後は社会主義ポーランドから逃げだし、さらに亡命したアメリカからも逃亡した(これは現在形。数年前、スイスで身柄拘束され、アメリカに引き渡されそうになった)という彼の生き方と切り離して考えることはできそうにない。

もっともポランスキーは政治的人間じゃないから、「逃亡」の理由は必ずしも政治的なものではない。ポーランドから逃げ出したのもアメリカから逃げだしたのも、「芸術家の自由」を求めて、とでもいうんだろうか。全然関係ないけど、何人もの女房(バルバラ・ラス、シャロン・テート、エマニュエル・セニエ)や、つきあった女(ナスターシャ・キンスキー)を見ても、その美意識は一貫してる。高校時代、僕はバルバラ・ラスのファンだったから(『生きる歓び』のキュートだったこと!)、嫉妬まじりの羨望の気持ちでポランスキーの映画を見てた。

話が変な方向に逸れてしまった。という訳で(?)、『ゴーストライター』もイラク戦争を背景にしているけど、政治的メッセージは必ずしも強くないし、元首相の秘密をあばく謎解きも映画のキモではないように感じられる。むしろポランスキーの興味は、ユアン・マクレガーが知らず知らず不審な状況に巻き込まれ、元首相を探るほどに正体不明の敵を呼び寄せ、じわじわと不安をつのらせてゆく過程それ自体を描くことにあるように見える。

だからハリウッド的な刺激の強いサスペンスでもないし、謎解きもどうということないけど、映画を見ている間中、ずっと感情が揺さぶられつづけるのが快感だったな。

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