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September 12, 2011

『監督失格』 エロで救われる

Sikkaku
Kantoku Shikkaku(film review)

林由美香って名前は、前から気になっていた。

去年だったか、東中野ポレポレ座の前を通ったら『あんにょん由美香』のポスターが貼ってあった。AV女優・林由美香が出演した韓国のエロティック映画について、関係者を韓国まで追っかけたドキュメントだという。面白そうだなと思ったけどレイトショーで時間が合わず、見られなかった。それで名前が記憶に残り、今度は書店の映画コーナーへ行くと『女優 林由美香』という本が目に飛び込んでくる。熱狂的なファンがいる女優なんだな。

調べてみると、林由美香はアダルト・ビデオの人気女優からピンク映画に転じ、Vシネマなどにも出ていたが、2005年に34歳の若さで亡くなっている。伝説のAV女優というところだろうか。

『監督失格』は、伝説となるきっかけをつくった『由美香』(AVを元に製作され劇場公開された)の監督・平野勝之が11年ぶりにつくった新作。その『由美香』は、恋人同士でもあった監督と由美香が東京から礼文島まで自転車野宿旅行したのを記録したドキュメンタリーだったらしい。

『監督失格』の前半は『由美香』のメイキングのスタイル(ハードなシーンを期待してもありません。念のため)、後半は2人のその後、カメラを回している監督が由美香のマンションで彼女の死を発見する瞬間や由美香の母親の語りなどを含め、林由美香という女優の魅力、その生き方を余すところなく見せてくれる。

『由美香』の北海道旅行のとき、平野は由美香からプライベートもカメラを回していいよ、と言われたという。察するに、このときから林由美香は自分の生をフィルムに記録しておきたいという望みをもっていたらしい。ところが旅の途中、恋人同士の2人がケンカしたとき、彼はカメラを回すことができなかった。また、監督が泣いたときもカメラを回せなかった。平野は由美香から「監督失格だね」と言われてしまう。それがタイトルの由来。

「監督失格だね」だけでなく、映画の中で、とても印象的な言葉があった。由美香は自分の過去を振り返りながら、「私はエロで救われたんだよね」と語っている。僕は残念ながらアダルト・ビデオ業界にもピンク映画にも詳しくないので、その言葉のニュアンスがよく分からない。

でも例えば、東良美季のブログ「自由という名の生き方 AV女優・林由美香」を読むと、親に捨てられたトラウマを抱えてひとり生きてきた彼女が、アダルト・ビデオの女優になって初めて「自由に生きる」ことを知ったということだろうか。実際、『監督失格』のなかで平野監督とだけでなく、スタッフたちとも酒を飲むシーンが何度か出てくるけれど、由美香がしゃべり、笑い、怒り、呑み、涙を流す、その姿が素晴らしい。

東良はまたこのブログで、平野勝之らAVの監督にとって林由美香は「創作の女神」だったとも書いている。その言葉は、由美香が平野たちに映画づくりのモチベーションを与えたにとどまらず、由美香の側から見れば、彼女はAVのスターとして造型されるただの素材ではなく、平野たちに「林由美香」という作品をつくらせようとした、いわばプロデューサー兼主演女優だったということでもあるのではないか。「プライベートで回してもいいよ」も「監督失格だね」も、そうした立場から出た言葉として考えると、一層よく分かる。

平野は『監督失格』をプロデューサー兼主演女優の死後6年にして、ようやくにして完成させた。しかも、母と娘の和解という、林由美香が現実にはまだその途上だったテーマをも含めて完成させた。母の決然としつつも穏やかな顔、娘の笑顔、そしてカメラを回せずに「監督失格」と言われた平野が号泣して自転車を走らせるくしゃくしゃの顔を自ら撮ったラストシーンが忘れられない。

それに。いきなり死体を発見したとき、人はこんなふうにふるまうものなのか。このフィルムの後では、どんな映画やドラマの死のシーンもウソくさく感じてしまいそう。

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Comments

最近よく話題になります、この映画。
やはり面白いんですか、見てみようかな。
でも、この感じはドキュメントですよね。
監督はこれで注目されましたが、これ以上の作品作れるんでしょうか。撮影対象が死ぬなんて、ある意味究極の素材のあり方に思えるけど、見ないと何とも・・・。

Posted by: aya | September 13, 2011 08:41 PM

はい、ドキュメントです。もっともドキュメントといっても、カメラを回しはじめた瞬間から撮っていること、撮られていることを意識していますから、フィクショナルな要素もあると思いますが。

監督が由美香という女優・恋人を作品にし、同時に作品にすることで彼女への気持ちに踏ん切りをつける(それがラストシーンでした)のに11年かかっています。これを超える作品をつくれるのかどうか誰にも(監督にも)分かりませんが、追っかけてみようかと思わせる面白さのある映画でした。ayaさんの好みに合うかどうかは疑問ですが、お勧めしますよ。

Posted by: 雄 | September 14, 2011 12:09 PM

>ayaさんの好みに合うかどうかは疑問ですが

ドキュメントは対象に興味が涌けば、とっても好きです。ただ、今は34歳の女性とその恋人とのドロドロって、余りに遠い世界。というか、ぜんぜーん関係ないかも。寂しいけれど
でも、きっと見に行くでしょう、話題作なのでネ。

Posted by: aya | September 14, 2011 10:40 PM

全体にあまりドロドロというテイストで撮ってないのは、平野監督がけっこうクールというか、女神に平伏しているからでしょうか。まあ、この歳になればこういうのも笑って見られるというか、過去の傷(?)を一瞬だけ刺激される程度ですね。お互い淋しいことですが

Posted by: 雄 | September 15, 2011 12:16 PM

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