『映画と谷崎』 夢こそ本当の世界
Chiba Nobuo"Movie and Tanizaki"(book)
前から読みたいと思っていた千葉伸夫『映画と谷崎』(青蛙房)を古書店で見つけて入手した。
「谷崎」とは作家・谷崎潤一郎。映画と谷崎といえば、繰り返し映画化されている谷崎の作品(「刺青」「卍」「鍵」「痴人の愛」など)を思い浮かべるけれど、関東大震災以前の大正時代、新興芸術として注目されていた映画に入れ込んだ若き谷崎は自ら映画製作に乗り出し、傍惚れしていた義妹(妻の妹)を主演に据えて数本の映画をつくったことがある。
この本は、その時代を中心に映画と谷崎について書かれたもの。そうした事実を一応は知っていたけれど、谷崎と映画との関係は僕が想像していた以上に深く、本質的なものだった。
まず驚いたのは、谷崎が映画の観客としても第一世代に属していたこと。日本で映画が初めて公開されたのは1897(明治30)年。このとき谷崎は12歳、日本橋茅場町に住み、小学校高等科に通っていた。
彼が回想する映画との出会いは、その最初期のもので、千葉は回想の内容から谷崎が見た映画を特定している。『米国最大海水浴場の光景』『米国陸軍士官学校騎馬操練の光景』は実写映画で、『ジョンターク(ジャンヌ・ダルク)火刑の惨状』は演劇を実写した映画。子供のころ見た映画を、後にタイトルを特定できるほど正確に回想するとは、さすが谷崎。
彼は新進作家として登場した後もイタリア映画、フランス映画、アメリカ映画に魅惑されていた。外国映画は、谷崎にとって憧れの異国そのものだった。
1920(大正9)年、それまで歌舞伎や新派の実写にすぎなかった日本映画の革新を目指してつくられた大正活映に、谷崎は参加することになる。そのうちの1本は谷崎が強く映画化を希望した泉鏡花の原作で『葛飾砂子』。彼は脚色を担当した。
残念なことに、『葛飾砂子』は関東大震災でフィルムが失われ、脚本も残っていない。僕は作家のお遊び程度の映画かと思っていたけど、鏡花の世界を陰影豊かに描いて、後に溝口健二が完成させる「日本映画の美学」の先駆けとなった作品と評価されている。ずいぶん前のことだけど、淀川長治さんとお話したとき、この映画を見たと伺ったことがある。もっと詳しく話を聞いておくんだった。
谷崎が映画に魅せられ、大きな情熱を燃やしていたことは確かだけど、そこには別の思惑もあった。
当時、谷崎は妻・千代を友人の作家・佐藤春夫に譲り、千代の妹・葉山三千子と結婚しようとした、文壇史で「小田原事件」として有名な出来事が起こった。この時この話は実現せず、元の鞘に収まったのだが(10年後、佐藤と千代の結婚は実現する)、三千子に惚れていた谷崎は、義妹を映画女優にする夢を持っていた。
「事件の当事者のひとりである佐藤春夫の観察するところによると、谷崎の映画製作への熱中は、ただただ義妹の葉山三千子をスクリーンへ投じてみたいとすることにあったという」(千葉)
写真を見ると、葉山三千子は後の原節子を思わせる日本人離れした彫りの深い美人。谷崎の小説『痴人の愛』のモデルでもある。妻の千代は対照的に大人しく日本的な女性だったというから、好みとは逆の女性を妻としてしまったわけだ。それにしても「妻譲り」や「惚れた女を映画女優に」を実現させてしまう谷崎の「悪魔性」はすさまじい。
ついでに言うと、戦後、30本以上映画化された谷崎原作の映画のなかで、谷崎がいちばん気に入っていた女優は京マチ子だった。谷崎は彼女について「夢の中でも遭ひたいと思ふ人」と書き、実際に京マチ子に会ったときも、「美しい国の美しい人」と彼女に告げたと、うーん、文豪でなければ言えないようなセリフを吐いている。
僕も『鍵』(市川崑監督)を見ていて、僕らにとって大正生まれの京マチ子は母親に近い世代だから異性として見るには歳が離れすぎてるけど、あの妖艶な肢体と表情はまさに谷崎の小説にふさわしい。僕にとっての谷崎映画のヒロインは学生時代に見た『刺青』の若尾文子だけど、既に老年に達していた谷崎には小娘にしか映らなかったのか、彼女については何も言ってない。
それにしても、引用されている谷崎の映画論は見事だなあ。
「全体宇宙といふものが、此の世の中すべての現象が、みんなフィルムのやうなもので、刹那々々に変化はして行くが、過去は何処かに巻き収められて残つてゐるんぢやないだらうか? だから此処にゐる己たちは直ぐに跡方もなく消えてしまふ影に過ぎないが、本物の方はちやんと宇宙のフィルムの中に生きてゐるんぢやないだろうか? 己たちの見る夢だとか空想だとかいふものも、つまり先の世とか、子供の時分とかに、一度何処かで見たことのある物の本体が影を見せるのだ。……活動写真を見てゐると一層そんな気がする。映画といふものは頭の中で見る代わりに、スクリーンの上へ映してみる夢なんだ。そしてその夢の方が実は本当の世界なんだ」
ほかに「夢幻的である活動写真」という言葉も使われている。「映画はスクリーンに映してみる夢で、現実より夢のほうが本当の世界だ」とは、僕が感ずる映画の魅力を見事に、そして谷崎らしい文章で言い当てている。
若い頃の谷崎の小説を読むと、例えば中国の都市で、夜、宿舎を出ると闇があり、闇を抜けると「この世と思えぬ光景」にぶつかり、異様な体験に心ふるわせ、再び闇を通って現実に戻る、といった話がいくつもある。これは映画館で映画を見る体験と同じ構造だし、谷崎の映画論にも通じている。そこからも、若き谷崎にとって映画が遊びではなく本気だったことが分かる。
最後に僕の谷崎映画ベスト3は、
『刺青』(増村保造)若尾文子・長谷川明男
『お遊さま』(溝口健二)田中絹代・乙羽信子
『鍵』(神代辰巳)観世英夫・荒砂ゆき
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