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August 09, 2011

アブドゥーラ・イブラヒムを聞く

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Abdullah Ibrahim trio live

アブドゥーラ・イブラヒムがダラー・ブランドのことだって、つい最近まで知らなかった。ジャズの雑誌は長いこと読んでないし、ネットで情報を集めることもない、ただただ好きなジャズを聞いてるだけだから、ジャズ・ファンなら当然知っていることも知らない。…って、調べてみるとダラー・ブランドがイスラム教に改宗して名前を変えたのは1970年代。そんな昔のことだったんだ。

僕らの世代には、ダラー・ブランドの「アフリカン・ピアノ」は忘れられないアルバムだった。70年代前半、ジャズ喫茶へ行くと、ブランドの顔をアップにした特徴あるジャケットが「演奏中」の棚に置かれていることがしょっちゅうで、誰もがあの熱いピアノに黙って耳を傾けていた。考えてみると、僕はまだキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」もチック・コリアの「ソロ」も聞いてなかったから、ピアノ・ソロのアルバムを聞いたのは初めてだったかもしれない。

その熱いピアノへの共感は、ダラーの音に彼の祖国・南アフリカのアパルトヘイト体制への抗議を感じていたからかもしれない。あるいは、この国の1960年代の熱い季節が連合赤軍事件という無残な結末をもたらした後の空白のなかで、かすかに身内に残った余熱をかきたてるように聞いていたのかもしれない。いずれにしても昔のことだ。

アブドゥーラ・イブラヒムがダラー・ブランドだと知ったらそんな記憶が次々湧き出てきて、ライブに行く気になった(表参道・BLUE NOTE)。どういう音が出てくるのか、見当もつかない。

ベース(Belden Bullock)とドラム(George Gray)のトリオ。まずは黒ずくめの服に身をつつんだ白髪のイブラヒムがひとりで登場、ソロ・ピアノを弾きはじめる。

ゆったりと、穏やかで、美しい音。メロディは「アフリカン・ピアノ」と共通の響きを持っているけど、音にあの時代の熱さはない。アフリカ的なリズムも、アメリカのアフリカ系ピアニストのブルース感覚も感じさせない。「アフリカン・ピアノ」の時代も(タイトルにもかかわらず)そういう匂いは意外に薄く、新感覚のピアニストという印象が強かったと思うけど、穏やかな音がそれを一層際立たせる。目をつぶって聞いていると、ヨーロッパの若い白人が弾いているのかと錯覚する。

トリオになっても、穏やかな世界は変わらない。曲から曲へ、ソロも交えながら切れ目なしに自作曲を演奏する。

ソロになって、一瞬、「アフリカン・ピアノ」の再現かと思わせる高揚もあるけど、それもすぐに終わる。ジョージ・グレイの見事なドラムとともにに軽くスイングするけれど、それもすぐに終わって、再び穏やかな癒しのような世界に戻る。これが結局、アブドゥーラ・イブラヒムがたどりついた世界なんだろうか。

75歳。1960年代にアパルトヘイトに抗して国外に出ざるをえなかったイブラヒムは、マンデラ政権が成立した後、国に戻り、今も南アフリカを拠点に活動しているという。You Tubeで検索すると、いかにもアフリカのリズムとメロディを感じさせる曲もやっているし、アーチー・シェップとソウルフルな演奏もしている。モンクやコルトレーンの曲も弾いている。アフリカからアメリカ、ヨーロッパ、日本(日本語タイトルのアルバムもある)をめぐり、いろんなジャズや民族音楽や宗教音楽を経、地球と半世紀の時間をひとめぐりしてこの穏やかな世界にやってきたのか。そう思えば感慨もある。

イブラヒムの静かな音をまったく邪魔せず気持ちよくスイングするジョージ・グレイのドラムにしびれた。

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