『ツリー・オブ・ライフ』 Godとの対話
The Tree of Life(film review)
テレンス・マリックの映画を僕は『シン・レッド・ライン』しか見てないけど、ガダルカナル島の日米両軍兵士の激闘を主題にしながら、テーマそのものより彼らを取り巻く自然の映像が圧倒的だった。暗いジャングルに差し込む強烈な光や、一面の草原とそこに住む小動物、海のうねりなんかが、死にゆく兵士たちの傍らにあった。
人の生き死にと、それを黙って見ている自然。そんな構図は『ツリー・オブ・ライフ(原題:The Tree of Life)』でも変わらない。でもここでは主人公の身の周りの自然だけでなく、遥かに時間をさかのぼって生命や地球の始原にまで旅するパートが大きく差しはさまれる。
親子の葛藤という誰もが経験する身近な問題から、神を経由して一気に生命や地球の始原へ。あまりに飛躍しすぎで、そこまで行ってしまうかとは思うけど、それを楽しめなければテレンス・マリックの映画は「よく分からない」「つまらない」で終わってしまうだろう。
映画全体が成長した息子ジャック(ショーン・ペン)の回想で、しかも厳格で支配的な父(ブラッド・ピット)と若くして死んだ弟についての思いを、旧約聖書を引用しながら神に語りかけるようなスタイル。そこにいきなり挿入される火山や滝や雲といった大自然の映像。
キリスト教の素養のない日本人には分かりにくいけど、神は天地を創造したわけだから、完璧な自然(それを象徴するのが「生命の樹」というタイトルだろう)と、神の唯一の失敗作である人間の不完全さや罪についての問いが対になっているのは、キリスト教圏の人間には受け入れられるのかもしれない(日本人だと、人の生死と自然の対照は「無常」になってしまうが)。
ジャックと2人の兄弟が育ったテキサスの小さな町。芝生の庭が広がる1950年代の木造の家。その部屋の壁に外光が矢のように差し込み、人に似た影をつくる。そんな映像が何度か出てくる。ジャックの回想のなかでその光の映像は神の似姿なのだな、と感じられる。
アメリカ人らしく力を信奉し、強い人間たれと、ことあるごとに教える父。父に支配されている母。父に反抗し、殺意すら覚えるジャック。そして弟の若すぎる死。
この映画を見たときちょうど読んでいた橋爪大三郎・大澤真幸『ふしぎなキリスト教』によると、全知全能の神が創造したこの世界になぜ悪があり、不幸や苦難があるのかという問いは、中世キリスト教神学でしばしば取り上げられた疑問だという。橋爪大三郎は、こう述べている。
「一神教は、すべてをGodが指揮監督していると信じるのですが、するとしばしば、理不尽な感情に襲われます。なぜ私の家族や大事な人が重い病や事故にみまわれるのだろう。なぜ自分の努力が報われないのだろう。なぜ悪がはびこり、迫害が続くのだろう、というふうに。仏教や儒教や神道なら、運が悪いとか、悪い神様のせいだとか考えればすみます。一神教では、すべての出来事はGodの意思によって起こるので、そう考えてすますことができない。そこで、不断の対話を繰り返すことになる」
「残る考え方は、これは試練だ、ということ。このような困った出来事を与えて、私がどう考えどう行動するのか、Godが見ておられると考える。祈りは、ただの瞑想と違って、その本質は対話なのです」
強引に言えば、『ツリー・オブ・ライフ』は、世界と人間をめぐってテレンス・マリックが神と行った対話をそっくり映像化したもの、と言えるかもしれない。テキサスに生まれ育ち、ハーバードやオックスフォードで哲学を学んだテレンス・マリックらしい映画。
それにしても、1950年代テキサスの田舎町を再現した回想シーンのみずみずしさが素晴らしい。主にスミスヴィルという町でロケしたらしいけど、広々とした並木道の両側に広がる、さまざまな様式のアメリカン・スタイルの家々。その中で、親子5人の日常がスケッチふうに重ねられてゆく。
ケンカの仕方を教えるためか、ジャックに向かって「オレに殴りかかってこい」と命ずる父。ジャックの弱々しい拳は、すぐに父の反撃に会ってしまう。スクリーン・ドアを乱暴に閉めるジャックに、「そっと閉めろ」と教える父。そう言われて、あえて乱暴に音をたてて戸を閉めるジャック。黙ってジャックを抱きしめる母。誰にでもあるような記憶を重ねて、ジャックの父に対する複雑な感情を高めてゆく。
僕には、壮大な地球創生の映像より50年代の光あふれる日常の部分のほうが楽しく見ることができた。撮影はメキシコ出身のエマニュエル・ルベツキ。『天国の口、終りの楽園』が印象的だった撮影監督だ。
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