『無常素描』 音のない風景
The Sketch of Mujo(film review)
海沿いの町に延々と続く瓦礫。打ち上げられた漁船。倒壊したビル……。3.11の地震と津波がもたらした惨状を伝える映像は、あれ以来、テレビで繰り返し見ることになった。これもそのひとつに違いないんだけど、テレビや新聞・雑誌によって報道された映像とは何かが違う。
地震と津波発生直後のライブ中継を除けば、報道された映像は何らかのテーマや目的のために編集、整理されて、無駄なものが排除されている。画面にはナレーションも入る。限られた時間のなかで、あるテーマを伝えようとするのだから、当然といえば当然だろう。
『無常素描』も、もちろんドキュメンタリーとはいえ映画だから75分という時間のなかで編集され、あるテーマを伝えようとすることに変わりはない。でも、ここではできる限り編集という価値判断の入り込む作業を少なくし、無駄と思える映像を残し、結果としてテレビで短く編集された映像からは伝わらない現場の空気感や臨場感を伝えることになった。瓦礫の山が音もなく、沈黙するように広がっている。
大宮浩一監督は、カメラとともに車で岩手県大槌町から三陸海岸を南下し、内陸の福島県三春町まで走る。カメラはひたすら、車の左右に広がる被災地を映し出す。ときどき車は止まり、そこにいた人々と話し、風景を撮る。その繰り返し。単調とも思えるその繰り返しのなかで、数百キロに渡って海岸の町や村が壊滅したことが否応なく実感される。立ち止まって撮る静止映像も、瞬間を止めたスチール写真と同じかといえばそうではなく、海面がかすかに波打っていたり、鳥が画面を横切ったり、「見つめている」という時間感覚を感じさせる。これが映画なんだな、と思う。
随所に、三春町に住む僧侶・作家である玄侑宗久のインタビューが挿入され、死者を悼む読経が被災地の画面にかぶさる。タイトルの『無常素描』は、玄侑が言う「無常」という言葉から取られている。
大宮浩一は、介護現場を撮った『ただいま それぞれの居場所』などで知られるドキュメンタリー映画の監督。3月11日以降、内外から多くの写真家、映画監督、書き手が被災地に入っているから、これからたくさんの作品が出てくるだろうけれど、撮影から1カ月半で上映にまでこぎつけた行動力には脱帽する。
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