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June 12, 2011

『マイ・バック・ページ』 「後ろめたさ」に寄り添って

Mybackpage
My Back Page(film review)

原作ものの映画の場合、監督と脚本家が原作からなにを取り出すのか。それでもって映画の八割方は決まってしまう。

1971年、赤衛軍を名乗る新左翼の武闘派が自衛隊朝霞駐屯地に侵入して自衛官を殺した。以前から赤衛軍リーダーKを取材していた『朝日ジャーナル』記者・川本三郎は潜伏するKに会って記事にしようとしたが、預かった自衛官の腕章を処分したという証拠隠滅の罪で逮捕された。

『マイ・バック・ページ』の原作は、裁判で有罪となって新聞社を辞め、文芸・映画評論家となった川本が事件から17年後に当時を回想したノンフィクションだ。

僕が読んだのは十数年前だからきちんと覚えていないけど、ここからは可能性としていろんなものを取り出すことができる。ジャーナリストの仕事と倫理をめぐるマスコミ内部の対立を軸にした討論劇にもなりうるし、武装闘争を主張して過激化していった新左翼の青春群像劇にも(原作にはないが)なりうる。その両者をからめながら、川本やKが好んだ70年代ニューシネマやロックをもっと前面に出したノスタルジックな「70年代もの」にもなりうる。

そういった要素はもちろん映画を構成するものとして生かされているけれど、監督の山下敦弘と脚本の向井康介の関心はそういういかにも映画的なドラマづくりには向いてないみたいだ。そうではなく、川本(映画では沢田)が時代と自分に対して抱く屈託という、あまり映画的とは思えない「後ろめたさ」に向いている。

映画の冒頭とラストシーンにはさみこまれる本筋と関係ないエピソードによって、そのことがはっきりする。沢田(妻夫木聡)は、週刊誌の潜入ルポで正体を明かさずにチンピラと知り合いになる。沢田とチンピラは親しくなるが、それは沢田からすれば取材であり、沢田を友達と信ずるチンピラをだましている偽の関係にすぎない。沢田はあらゆる事態を「見る」だけで「参加しない(できない)」ジャーナリストという職業に「後ろめたさ」を抱いている。

その関係は、映画の本筋となるK(映画では梅山。松山ケンイチ)との間ではひっくり返る。梅山はエセ革命家として沢田に近づき、ウソ八百を並べて沢田を欺き、記事を書かせようとする。先輩記者は梅山を怪しむが、沢田はあくまで梅山を信じようとする。そのきっかけになるのが沢田のアパートでCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)の「雨をみたかい」を一緒に口ずさんだり、宮沢賢治について話したりすることだ。沢田のなかでジャーナリストの冷静な目より世代的共感が勝ってしまう。むろん特ダネ意識もあったろう。

結果として、沢田は梅山に騙される。沢田は取材源の秘匿を貫いて逮捕され、梅山が殺人を犯したことを知って警察に通報した新聞社からも解雇されるのだが、一方、逮捕された梅山は沢田との関係をべらべらしゃべってしまう。沢田が預かった腕章を焼いたのは梅山が「左翼」としての思想犯にとどまらず殺人を犯したことを知って動揺したのか、あるいは沢田なりに性急に時代に「参加する」意思表示だったのか、映画では判然としない。いずれにしても沢田は騙され、ババを引かされた。

ジャーナリストとしての沢田は甘いし、ドジでもある。それは沢田がジャーナリストという職業に抱いている「後ろめたさ」と裏腹の関係にある。「後ろめたさ」があるからこそ、認識が曇り行動が性急になる。監督と脚本家は、そんな沢田の「後ろめたさ」を抱きしめるように寄り添っている。

沢田が名画座に入って川島雄三の名作『洲崎パラダイス』を見るシーンがある。劇中で新珠三千代が頼りない恋人の三橋達也に、「あんた、これからどうすんのよ」となじるように言う。そのぐじぐじした気分が、沢田が抱える「後ろめたさ」に重なってくる。

だからラストシーンが効いてくる。有罪になり服役した後、映画評論家になった沢田は町の居酒屋に入って、かつて正体を隠して取材したチンピラが居酒屋の主人になっているのに出会う。かつてのチンピラは、沢田が元ジャーナリストであることや事件のことを知らず、ひたすら再会を喜んで、「生きてるだけでいいじゃない」と言う。沢田は自分が何者であるかを告げず、つまりはチンピラを騙したまま、ただ涙を流す。監督と脚本家は、そんなぐじぐじした生を肯定する。

妻夫木聡の起用は、極端にいえばこの1シーンにかかっている。一方、泣き顔の妻夫木に対する松山ケンイチは、「お前は何者だ?」と問われたときの上目づかいの射るような眼光と、とがった唇の表情に凄みがある。この2つのショットのためにこの映画があり、2人の起用があったといえば言いすぎかな。

先日、山下敦弘が学生時代に撮った短編のDVDをレンタルしてきた。食事しながら見ていたら、ウンコがやたら登場するのには参った。そんな青臭い学生映画から、作家性が強く出た『松ケ根乱射事件』を経て、『リンダ・リンダ・リンダ』『天然コケッコー』やこの『マイ・バック・ページ』まで、題材の異なる映画を、でも一貫して柔らかな肌合いでつくっているのはすごい。やっぱり、いまいちばん気になる監督だなあ。


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Comments

映画を見終わったすぐ後は、梅山のような人たらしの要素はあっても、どこか胡散臭い男を信じてしまうなんてちょっと浅はか?と思ってしまった私ですが、きっとそれは三十も半ばを過ぎた今の自分だから思ったことなんでしょうね。
自分自身の20代の頃を振り返ってみると、好きな作家や音楽の趣味が合う人ほど深い親近感を覚えてしまうものです。
そういえば同じような失敗あったかも…。

お庭のあじさいきれいですね。6月生まれなので大好きな花です。

Posted by: mitty | June 16, 2011 10:41 AM

20代というのは誰もこういう失敗の繰り返しなんでしょうね。私は沢田や梅山と同世代ですから、梅山みたいな男も知ってますし、沢田の「行き急ぐ」心情もよく分かります。それを過度にセンチメンタルにならず、かといって冷たく突き放すこともなく取り出した山下敦弘に改めて感心しました。

おや、私も6月生まれです。

Posted by: 雄 | June 16, 2011 01:03 PM

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