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June 29, 2011

森山大道『ON THE ROAD』展

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Daido Moriyama Photo Exhibition

森山大道『ON THE ROAD』展(~9月19日、大阪・国立国際美術館)のオープニングに行ってきた。

この展覧会の見どころはふたつある。ひとつは、『にっぽん劇場写真帖』や『狩人』『写真よさようなら』といった初期の代表作がヴィンテージ・プリントで見られること。

森山の初期作品ではネガが失われたものもあるから、これはめったにないことだ。師の細江英公仕込みだからもともとプリントはうまいけれど、この段階ではあくまで印刷物のための原稿であり、80年代以降の見せることを目的としたプリントとは違う。最初の写真集『にっぽん劇場写真帖』は辰巳四郎の装丁で、デザインや印刷に辰巳がどこまで関与したか分からないけれど、プリントよりさらに荒れた粒子やハイ・コントラストなど、本としての力も大きい。その差が、編集者として興味深かった。

もうひとつの見どころは、最新作の「東京」。

カラーで、大きなプリントが壁面いっぱいに並べられた迫力。森山に珍しいカラーであるだけでなく、デジタル・カメラで撮られているようだ。これまでも彼はカラーを撮ってはいるけれど、モノクロの完成度に比べるとまだ試行錯誤の感じがあった。今回の「東京」で、「森山大道のカラー」が最初のピークを迎えた気がする。それは彼がデジタルを自分のものにし、しかもいかにもデジタルといった調子でなく、限りなくフィルムの質感に近く仕上げたことによるんじゃないか。デジタルが森山のカラーを自由にした、と言えるかもしれない。

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June 26, 2011

『軽蔑』 死の予感の映像

Photo
Keibetsu(film review)

『軽蔑』はなんとも奇妙な感触の映画だった。

中上健次の『軽蔑』を読んだのはもう20年近く前だから、中身はほとんど覚えてない。でも彼には珍しく若い女性を主人公にしたからか、独特の重く粘りつく文体がスコンと抜け、会話や改行も普通の小説のようで、ずいぶん今ふうになったと感じた(発表は1991年)。もっともいくら今ふうといっても、一世代下の村上龍や村上春樹とはぜんぜん違っていたけれど。

映画『軽蔑』を見て改めて気づくのは、中上の小説を現代文学たらしめていたのはマジック・リアリズムの影が濃い文体の力が大きいということだろう。こういうふうに原作から設定と物語を抜き出してみると実に古風で、中上が明治以降の日本の近代小説のテーマ群を引き受けた作家だったことが改めてよく分かる。

カズ(高良健吾)が演ずるドラマは、父親や裕福な「家」との対立・葛藤であり、都会で「勝手に」暮らすことと故郷で「甘えながら不自由に」暮らすことの葛藤である。共同体の束縛と、それと裏腹の共同体の濃密さと、そこからの脱出の物語でもある。そんな横糸に、縦糸として真知子(鈴木杏)との愛が絡む。どこか漱石や藤村みたいじゃないか。

そんな古風な物語と、それまでの重さをやや今日風に軽くした文体を持つ『軽蔑』を映像化するに当たって、監督の廣木隆一はジャン・リュック・ゴダールの文体を意識したように思える。地方都市(新宮)の無人のアーケード街をさまよいながらカズが死んでゆくシーンは明らかに『勝手にしやがれ』だけど、それだけでなく、手持ちカメラの多用も、主人公に過剰な思い入れをしない突き放した距離感もゴダールのものだ(そういえばゴダールには『軽蔑(Le Mepris)』という作品もある)。

でもゴダールそのままでなく、廣木は手持ちカメラでは新しい映像を試みている。『勝手にしやがれ』以後、ある種の映画では手持ちカメラが多用され、そのぐらぐらと動く不安定なフレームがリアリティをかもし出すことが多かった。でもここでは、手持ちカメラが移動しているのに画面には上下動がなく、すーっと動いていく(NHKの、つい見入ってしまう「世界ふれあい街歩き」で使われている、あれ)。

多分、動きを吸収するステディカムにデジタル映画カメラを乗せて撮影しているんだろうけど、カズの死のシーンだけでなく、町並みにすーっと寄り、すーっと引いていく印象的な映像が繰り返し使われている。静謐で、不気味で、突っ走るカズと真知子の破滅を予感させるものとして僕は見た。ここでは新しい技術が新しい映像を可能にしている。ついでに言うと、新宮駅でカズと真知子が別れる長い長い手持ちカメラのワンシーン・ワンショットも素晴らしい。

音楽もなんだか奇妙だ。デンマークやハイチ系の新しいフォーク・ミュージックが使われていい効果を出しているかと思うと、憂歌団やグッバイマイラブの歌が主人公の心情そのままで、まるで1950年代の古い映画みたいに使われてもいる。新しのか古いのか、よく分からない。

廣木隆一の映画をきちんと見ているわけじゃないけど、文芸映画を新しい感覚でつくる職人肌の監督という印象を持っている。現代的な神代辰巳とでも言ったらいいか。赤坂真理の『ヴァイブレータ』や絲山秋子の『やわらかい生活』(ともに寺島しのぶ主演)なんか特によかった。『軽蔑』もその系列の1本で、新旧いろんな要素が溶け合わずに衝突して変な効果を出しているところが面白い。

それに廣木隆一は、神代辰巳もそうだったけど女優を美しく撮ることにかけては天下一品。寺島しのぶも、『雷桜』(映画の出来はひどかった)の蒼井優も、この映画の鈴木杏も、いわゆる美人顔ではないけれど(下手な監督・カメラマンにかかると3人ともひどいことになる。それだけ個性的で難しい顔なんだろうね)、3人のいちばん美しい表情を思い出すとこれらの作品ということになる。

冒頭で濃い化粧をしていたポールダンサーの鈴木杏が高良健吾と東京を脱出して初めてすっぴんになる車のなかのシーンや、ラスト近く、新宮駅で高良健吾と別れた鈴木杏が列車の窓にもたれて泣くシーンなんか、鈴木杏という女優の魅力に改めて気づかせてくれた。

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June 25, 2011

「福島県の子供の避難促進」に署名

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a signature for refuge of children in Fukushima

庭の南天の花。

福島県の小学校の土壌が放射性物質で汚染されたことで文科省が示した「20ミリ・シーベルト基準の撤回を求める署名」をやっていたNPO「FoE JAPAN」が、引き続き「避難・疎開の促進と法定1ミリシーベルトの順守」を求める署名を始めたので、さっそくネット署名した。

求めていることは4つ。


(1)県内で放射線量が高い地域の避難・疎開・夏休みの前倒しを促進し、子ども、乳幼児、妊婦の避難・疎開を実施する。
(2)子どもを含む県民の内部被ばく検査を実施する。
(3)低線量被ばくのリスクを軽視する山下俊一・長崎大学教授を福島県の放射線リスク・アドバイザーおよび県民健康管理調査検討委員会から解任する。
(4)法定の年1ミリシーベルトを順守する。

(3)については、いささかの説明がいるだろう。FoEによると、「山下氏は低線量被ばくのリスクを軽視し、『100ミリシーベルトまでは妊婦も含めて安全』との言動を福島県内で繰り返しています。原子力安全委員会は、20ミリシーベルトを安全とする委員や専門委員はいないと述べていますが、山下氏の言動はこれに反しています。国際放射線防護委員会(ICRP)も含め、低線量被ばくであっても線量に応じて影響が出るとするモデルが国際的な常識であるのにもかかわらず、同氏はそれを無視しています」とのことだ。

山下氏はチェルノブイリの被爆者医療に従事してきた医学者だから、その主張はそれなりの経験と知識に裏打ちされているのだろう。でもどこまでが安全なのかは、専門家の間でも意見が分かれている。特に放射線に敏感な子供(妊婦を含む)については、より安全に、より慎重にと考え、早めの対策を取ることが必要なのは当然だと思う。


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June 24, 2011

みたび、万座へ

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Manza spa

家族の湯治につきあって、毎月のように万座温泉に来ている。根雪もようやく融け、緑が濃くなってきた。

ちょうど東北から西日本まで梅雨の豪雨が襲った時期なので、山の天気もめまぐるしく変わる。かっと照ったかと思うと、見る見る黒い雨雲がかかって激しい雨になる。と思うと、30分もたつと雨は止んでいる。

露天風呂に入っていると、雨が降ってきた。仰向けになって身体を浮かせ、雨に顔を打たれるのは何とも気持ちよい。放射能が気にならないことはないけど、群馬県といっても長野県境のここは浦和や東京より福島原発から遠いし、線量も低いようだからまあいいかと、その快さにしばらく身をゆだねる。

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ここは1800メートルの高地で、雲が下からどんどん湧いてくる。東京は30度を超えたとニュースが言ってるけど、日が翳ると風が冷たい。

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これが源泉の湯畑。湯の温度は90度。硫化水素がたちこめ、立入り禁止になっている。僕のコンパクト・カメラでは、ここまで近寄るのが精一杯。

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湯畑から引いた苦湯(左)と別の源泉から引いている姥湯(右)。まず熱い苦湯で体を温め、ぬるめの姥湯に長時間つかるのが心地よい。

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近くにある牛池。5月に来たときはまだ雪で近づけなかった。

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山は白樺の新緑がまぶしく、うぐいすが鳴いている。

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バスで20分ほどのところにある白根山の湯釜を散歩。といっても、火山活動の活発化で警戒警報が出ており、湯釜のそばまで行けるコースは閉鎖されている。


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June 19, 2011

『バビロンの陽光』 イラクのロード・ムーヴィー

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Son of Babylon(film review)

2003年のフセイン政権崩壊後、イラクでは劇映画が3本しかつくられていないそうだ。そのうちの1本はこの『バビロンの陽光(英題:Son of Babylon)』の監督モハメド・アルダラジーの長編第1作『夢』だから、アルダラジー監督はイラクの数少ない、しかも外国に名の知れた(『夢』は100以上の国際映画祭で上映された)映画監督ということになる。

僕は誤解していた。主人公がクルド人なので、監督のアルダラジーもクルド人かと思い、それならトルコのユルマズ・ギュネイやイランのバフマン・ゴバディのように国籍は違ってもクルド民族としての立ち位置で映画をつくる「クルド映画」に属する作品かと思っていた。でもそうではなさそうだ。調べたら監督はバクダッド生まれで、クルド語を話さないというから、クルド人でない可能性が高い。

フセイン政権は毒ガス兵器でイラク北部のクルド人18万人を殺害した過去がある。クルド人だけでななく、フセイン政権下では数十万の住民(主としてアラブ人)が殺害されたり行方不明になった。この映画は行方不明になったクルド人の息子を探す祖母と孫の物語だけれど、それはクルド人だからということでなく、イラク国民が共有する過酷な過去を象徴するものとしてクルド人一家が選ばれている。

これをロード・ムーヴィーと言ってもよいものかどうか。戦場に出たまま行方不明になった息子を探して、祖母と孫がイラク北部クルド地域からバクダッドへ、さらにバビロンを経て刑務所のあるナシリアへと旅する。

フセイン政権崩壊後3週間という設定の、混乱したイラクの風景がすべてロケで再現されている。北部の赤茶けた砂漠を走るトラック。混乱したバクダッド市内。いつ来るか分からないおんぼろバスと、それに殺到する人々。米軍の攻撃で破壊された廃墟の刑務所。次々に発見される行方不明者の集団墓地。泣き叫ぶ黒衣の女たち。そんな風景が次々に現れる。

祖母はクルド語しか話さないから、バクダッドや南部では他人と意思疎通できない。悲しみをたたえた無言の表情が、彼女の心を表現している。祖母役は素人の女性だというが、とてもそうは思えない。彼女は役の上だけでなく現実にも夫が行方不明になっている。だからこそ、カメラの前でこんなふうに演じられるのだろうか。ついでに言うと孫役の少年も素人。

祖母と孫が出会う男たちは、初めは強欲だったり、クルド人虐殺に参加した敵のように見えるけれど、やがて2人に対して優しい心を持つ。

悲しい画面でそれを強調するように悲しげな民族音楽がかぶさるなど、つくりかたは必ずしも洗練されているとは言えない。でもそれは監督や、祖母や孫を演ずる素人役者やスタッフたちが、全員が共有している悲しい過去が生ま生しすぎ、まだ距離を置いて見ることができないということだろう。洗練というのは、良くも悪くも対象への距離がなければ持ちえないものだから。

イラクの映画を見るのは初めてで、人々と風景を見ているだけで満足してしまった。

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June 17, 2011

「さようなら原発」に署名

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A signature for no nuclear power station campaign

庭のきぬさやの花。

脱原発を求める「さようなら原発 1000万人アクション」の署名が始まったので、さっそくネット署名した。呼びかけ人は大江健三郎、内橋克人、鎌田 慧、坂本龍一、澤地久枝、瀬戸内寂聴、辻井 喬、落合恵子、鶴見俊輔。このアクションが求めているのは3つのことで、

(1)原子力発電所の新規計画の中止と既存の原子力発電所の計画的な廃炉
(2)もっとも危険な高速増殖炉「もんじゅ」と青森県六ヶ所など再処理工場の廃棄
(3)省エネルギー・自然エネルギーを中心に据えたエネルギー政策への転換

今の福島の危機的な事態と、それに敏感に反応している世界の趨勢を見れば、大方の賛成は得られるんじゃないだろうか。9月19日には東京で5万人の集会も計画している。


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June 15, 2011

わが家の節電

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for economizing in electric power

庭のあじさい。

福島原発の事故で、なにはともあれ急がなければいけないのは放射性物質が空気中、土壌、海水に漏れ出ているのを1日も早く止めることだ。事故後1週間の数字に比べればずっと少ないとはいえ、今も漏れ出ていることに変わりはない。「RADIATIONDOSE」によると福島市、郡山市、白河市など福島県東部の積算量(空間)は1ミリ・シーベルトを超え数ミリ・シーベルトに達していて、子供の避難を考えなければいけないレベルになっている。

この国に住む者の健康と安全が脅かされている非常事態なのだ。それなのに現場での作業の実態がよく分からない。当初は自衛隊、警察、消防などが放水に参加したが、その後は東電と「関連会社」任せに見える。

しかも、かつて「原発ジプシー」と呼ばれた下請け労働者の実態もそのままみたいだ。労働環境のひどさや被曝放射線量の管理がいいかげんなことは、たびたびニュースになっている。仮に工程表どおりにいったとしても半年以上の長期戦で、労働力不足は深刻だという。

これこそ国として取り組む問題じゃないだろうか。「国民の安全を守る」ことを義務としている公務員(自衛隊、警察)はもちろん、ボランティアを組織して人員を確保する。被曝管理も国が責任をもってやる(そうでないから、被爆労働者や家族に差別の目が向けられる)。もちろん国がきちんと報酬を払って、下請けでなく作業員を募集してもいい。元技術者を中心にシニア・ボランティアを志願するグループもできたけど、技術者でなくても汚染された瓦礫の撤去とかやれることはあるはずだ。放射線に対する感度の鈍い50代以上のシニア・ボランティアを広く求めてもいい。

現場を透明化すること。大げさにいえば、これは今後の社会の組み換えにも関係してくると思う。

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ところで、5月分の電気使用量の通知が来た。おや、298kwh。4月分は554kwhだったから4割以上も少なくなった。料金にして2800円も安くなっている。もっとも4月分に当たる期間には一時的に同居人が2人いたから、そのせいで4割減という数字が出たのかもしれない。

わが家の節電のメインは照明で、白熱電球を減らしたこと。蛍光灯の青白い光が嫌いなので、照明は白熱電球が多かった。いわば好みのために余計な電力を使っていたわけだけど、LED電球と赤味のある蛍光灯にした。

後は節電コンセントでテレビ、ケーブルテレビ・ターミナル、DVDプレイヤーの待機電力をなくしたこと。昼間はなるべく照明をつけないようにもしてるけど、オーディオ(待機電力なし)やパソコンは特に何もしていない。

問題の真夏については、古い日本家屋のわが家はそもそもエアコンがなく扇風機なので、そこでの節電はできない。さて、一層の節電にはどうしたらいいか。

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June 12, 2011

『マイ・バック・ページ』 「後ろめたさ」に寄り添って

Mybackpage
My Back Page(film review)

原作ものの映画の場合、監督と脚本家が原作からなにを取り出すのか。それでもって映画の八割方は決まってしまう。

1971年、赤衛軍を名乗る新左翼の武闘派が自衛隊朝霞駐屯地に侵入して自衛官を殺した。以前から赤衛軍リーダーKを取材していた『朝日ジャーナル』記者・川本三郎は潜伏するKに会って記事にしようとしたが、預かった自衛官の腕章を処分したという証拠隠滅の罪で逮捕された。

『マイ・バック・ページ』の原作は、裁判で有罪となって新聞社を辞め、文芸・映画評論家となった川本が事件から17年後に当時を回想したノンフィクションだ。

僕が読んだのは十数年前だからきちんと覚えていないけど、ここからは可能性としていろんなものを取り出すことができる。ジャーナリストの仕事と倫理をめぐるマスコミ内部の対立を軸にした討論劇にもなりうるし、武装闘争を主張して過激化していった新左翼の青春群像劇にも(原作にはないが)なりうる。その両者をからめながら、川本やKが好んだ70年代ニューシネマやロックをもっと前面に出したノスタルジックな「70年代もの」にもなりうる。

そういった要素はもちろん映画を構成するものとして生かされているけれど、監督の山下敦弘と脚本の向井康介の関心はそういういかにも映画的なドラマづくりには向いてないみたいだ。そうではなく、川本(映画では沢田)が時代と自分に対して抱く屈託という、あまり映画的とは思えない「後ろめたさ」に向いている。

映画の冒頭とラストシーンにはさみこまれる本筋と関係ないエピソードによって、そのことがはっきりする。沢田(妻夫木聡)は、週刊誌の潜入ルポで正体を明かさずにチンピラと知り合いになる。沢田とチンピラは親しくなるが、それは沢田からすれば取材であり、沢田を友達と信ずるチンピラをだましている偽の関係にすぎない。沢田はあらゆる事態を「見る」だけで「参加しない(できない)」ジャーナリストという職業に「後ろめたさ」を抱いている。

その関係は、映画の本筋となるK(映画では梅山。松山ケンイチ)との間ではひっくり返る。梅山はエセ革命家として沢田に近づき、ウソ八百を並べて沢田を欺き、記事を書かせようとする。先輩記者は梅山を怪しむが、沢田はあくまで梅山を信じようとする。そのきっかけになるのが沢田のアパートでCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)の「雨をみたかい」を一緒に口ずさんだり、宮沢賢治について話したりすることだ。沢田のなかでジャーナリストの冷静な目より世代的共感が勝ってしまう。むろん特ダネ意識もあったろう。

結果として、沢田は梅山に騙される。沢田は取材源の秘匿を貫いて逮捕され、梅山が殺人を犯したことを知って警察に通報した新聞社からも解雇されるのだが、一方、逮捕された梅山は沢田との関係をべらべらしゃべってしまう。沢田が預かった腕章を焼いたのは梅山が「左翼」としての思想犯にとどまらず殺人を犯したことを知って動揺したのか、あるいは沢田なりに性急に時代に「参加する」意思表示だったのか、映画では判然としない。いずれにしても沢田は騙され、ババを引かされた。

ジャーナリストとしての沢田は甘いし、ドジでもある。それは沢田がジャーナリストという職業に抱いている「後ろめたさ」と裏腹の関係にある。「後ろめたさ」があるからこそ、認識が曇り行動が性急になる。監督と脚本家は、そんな沢田の「後ろめたさ」を抱きしめるように寄り添っている。

沢田が名画座に入って川島雄三の名作『洲崎パラダイス』を見るシーンがある。劇中で新珠三千代が頼りない恋人の三橋達也に、「あんた、これからどうすんのよ」となじるように言う。そのぐじぐじした気分が、沢田が抱える「後ろめたさ」に重なってくる。

だからラストシーンが効いてくる。有罪になり服役した後、映画評論家になった沢田は町の居酒屋に入って、かつて正体を隠して取材したチンピラが居酒屋の主人になっているのに出会う。かつてのチンピラは、沢田が元ジャーナリストであることや事件のことを知らず、ひたすら再会を喜んで、「生きてるだけでいいじゃない」と言う。沢田は自分が何者であるかを告げず、つまりはチンピラを騙したまま、ただ涙を流す。監督と脚本家は、そんなぐじぐじした生を肯定する。

妻夫木聡の起用は、極端にいえばこの1シーンにかかっている。一方、泣き顔の妻夫木に対する松山ケンイチは、「お前は何者だ?」と問われたときの上目づかいの射るような眼光と、とがった唇の表情に凄みがある。この2つのショットのためにこの映画があり、2人の起用があったといえば言いすぎかな。

先日、山下敦弘が学生時代に撮った短編のDVDをレンタルしてきた。食事しながら見ていたら、ウンコがやたら登場するのには参った。そんな青臭い学生映画から、作家性が強く出た『松ケ根乱射事件』を経て、『リンダ・リンダ・リンダ』『天然コケッコー』やこの『マイ・バック・ページ』まで、題材の異なる映画を、でも一貫して柔らかな肌合いでつくっているのはすごい。やっぱり、いまいちばん気になる監督だなあ。


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June 07, 2011

緑濃い大原野

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Oharano in Kyoto

ボランティアの用事で大阪へ行き、その足で京都へ回り知人に会ったので、翌日は1日遊ぶことにして大原野へ出かけた。

京都西郊のこのあたりへ来るのは30年ぶり。途中に洛西ニュータウンなどできたけど、大原野まで来れば風景は当時とあまり変わらない。

背後の山は京都西山連峰の小塩山。

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一面の竹の林は切り開かれ住宅地になったけれど、まだ竹林がそこここに残っている。

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大原野神社の向かいにある正法寺。天平時代に創建された古い寺で、京都の町並みや東山を借景にした庭が有名だ。ここの本尊は三面千手観音。普通の十一面観音は主観音の脇に二面、頭の周囲に八面が乗っているが、ここのは主観音の左右に二つの脇面だけという珍しいものだ。頭の上にも顔のようなものが見えるけれど、どうやらそうではないらしい。

ホームページを見れば分かるように金箔がきれいに残っていて、つくられた当時(鎌倉時代初期)の姿をほぼそのまま見ることができる。光背は仏から放たれる光明を造形化したものだそうだが、デザインが勝ったもので、なるほど暗い光のなかでこれを見れば神々しく感じられたろう。

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大原野神社。桓武天皇が長岡京へ遷都したとき、奈良の春日大社を勧請したもの。だから本殿は一間の社殿が四つ並ぶ春日大社と同じ形式。

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大原野神社から勝持寺へ抜ける参道。片側は竹林、片側は楓の緑にはさまれて気持ちよい。

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勝持寺(花の寺)への石段。白鳳時代の創建と伝えられる古刹で、西行がここで出家し、彼が植えたと言われる「西行桜」で有名になった。

本尊は薬師如来で、その胎内仏の小さな薬師如来も見ることができる。高さ10センチもない小さなもので、渡来仏らしい。

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西行が剃髪したという岩と泉。

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阿弥陀堂の外にある「なでぼとけ」。仏教を守護する十六羅漢のひとりで鬢頭盧(びんずる)尊者といい、病気の部分をなでることで治癒する民衆信仰の仏さん。

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勝持寺と隣合わせた願徳寺(宝菩提院)。今日のいちばんの目的はここの如意輪観音を見ること。有名な仏像だけど、実際に見るのは初めてだ。

寺の門扉は閉められていて、インターホンで開けてもらう。観音が座する本堂も鍵がかかっていて、ご住職が開けてくれる。仏像は有名なのに、堂は新しい建物だし庭もないからだろうか、訪れる人は少ない。このあたりへ来るほとんどの人が花の寺を訪れて、ここは素通りしてしまうようだ。

願徳寺は白鳳時代に創建された古い寺。密教寺院として栄えたが、応仁の乱と信長の兵火によって伽藍のすべてが灰になった。その後、寺は細々と続いてきたが、昭和になって廃寺となり、この仏像は隣の勝持寺に移された。寺が再建されたのは昭和48年、如意輪観音が本堂に戻ったのは平成8年のことだったという。

如意輪観音は、それは見事なものだった。

中宮寺や広隆寺の弥勒に似た半跏の像。平安前期のもので、榧の一木から彫られている。金箔がほとんど落ちているので、見ていると黒光りする木肌の質感に吸い込まれそうだ。ふくよかだけど異国風のきりりとした顔。胸から腹にかけて盛り上がる肉感。身体にからむ流れるような裳の線。

中宮寺や広隆寺の弥勒は古代風な稚拙さとかすかに微笑むアルカイック・スマイルで親しみを感じさせるけど、こちらの造形は完璧と言いたいくらい。ものの本によると唐様式の仏像で、渡来仏か、渡来人の作らしい。いつまで見ていても飽きず、像の前を離れがたい。

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市内へ戻り、帰りの新幹線まで2時間ほどあったので鳥辺野へ。京都で時間があくと、たいていここか河井寛次郎記念館へ行く。平安以来の死者が累々と眠る谷。東大路から少し入っただけなのに、いきなり異界にまぎれこんだ気分になる。

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寛政とか天保と彫られた江戸時代の商家の墓や、ひときわ立派な戦死者の墓に刻まれた墓誌を読む。ここに眠る兵士の大多数は陸軍歩兵第9連隊に属していた。第9連隊は日中戦争の勃発とともに華北に上陸、非戦闘員大虐殺を起こした南京から徐州へ転戦する。その後もバターン半島、ルソン島で戦い、最後はレイテ島に送られ連隊は壊滅した。

そんな墓誌のひとつひとつを読んでいると、あっという間に時間がすぎていき、気がつくと列車の時間が迫っている。


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