『戦火のナージャ』 引きの「決め」ショット
Burnt by The Sun 2(film review)
冒頭、「私が小さかったころ」というナレーションで、誰にも覚えのある子供時代の美しい記憶が語られる。てっきり主人公の独白で映画が始まったのかと思ったら、次の画面でアップにされた顔は鼻下に白い髭をたくわえたスターリン。「私」というのはスターリンのことだった! 虐殺と粛清で悪名高いスターリンに無垢な子供時代の記憶を語らせ、光に満ちた映像をかぶせるという悪戯に気づいたとき、見る者はもうニキータ・ミハルコフ監督の世界に連れ込まれている。
『戦火のナージャ(英題:Burnt by The Sun 2)』は、16年前の『太陽に灼かれて』の続編。残念ながら僕は前作を見てない。映画データベースを調べると前作は、主人公で革命の英雄アレクセイ・セルゲーヴィチ・コトフ大佐(ニキータ・ミハルコフ)と、アレクセイを追うKGBのドミートリィ・アーセンティエフ大佐(オレグ・メンシコフ)との間の妻をめぐる三角関係の悲劇を、スターリン粛清時代を舞台に描いたものだったらしい。
今回の時代設定は第二次世界大戦。スターリンに粛清されたアレクセイは銃殺されたことになっているが生き延びて懲罰部隊に身を隠し、独ソ戦の前線にいる。アレクセイが生きているらしいことに気づいたスターリンは、ドミートリィに彼を追うことを命ずる。ドミートリィの養女になっているアレクセイの娘・ナージャ(ナージャ・ミハルコフ)も、従軍看護婦として戦場で父を探し求める。
戦争と革命(反革命)に翻弄される男女を主人公にしたストーリーはいかにも古風な大河ドラマだけど、こういうよくできたメロドラマ(メロドラマの語源は、背景に音楽を流して観客の感情を揺さぶるメロディ+ドラマの無言劇)は嫌いじゃない。日中戦争から文化大革命までを舞台にしたコン・リー主演の『活きる』(チャン・イーモウ監督)なんか、コン・リーが美しかったこともあって鮮明に印象に残っている。
しかも『戦火のナージャ』はスペクタクルとしても面白いし、なによりニキータ・ミハルコフらしい「決め」の映像が素晴らしい。「決め」のショットからカメラが引いていくと、次なる「決め」のショットになる。そんな見る者を陶酔させるシーンが2つある。
独ソ線の前線。戦いが終わり、瀕死の兵士がかすかに瞬きだけしているアップがすごい。そこからカメラが引くと、兵士の上に雪が降りはじめ、さらにカメラが引くと死んだ兵士たちは雪におおわれ、一面の雪原になってしまうショット。
もうひとつはラスト。従軍看護婦のナージャは崩れた教会のなかで瀕死の兵士を助けようとする。死にかけている若い兵士は、自分は女性の胸を見たこともないし、キスをしたこともない、死ぬ前に胸を見せてほしいとナージャに頼む。意を決したナージャが軍服を脱ぐ。教会の壊れたキリスト像と、死にゆく兵士と上半身裸になったナージャの背中のショットが美しい。そこからカメラがぐーんと引いてゆくと瓦礫が見渡すかぎり広がる、破壊された町を俯瞰するショットになる。
この映画では父と娘はすれ違ったままで出会わない。3部作になる予定で、ミハルコフは第3作『要塞』の製作にもうとりかかっているらしい。
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