ジョセフ・クーデルカ「プラハ 1968」展
Josef Koudelka exhibition:Invasion Prague 68
(ジョセフ・クーデルカ『プラハ侵攻 1968』[平凡社]から)
ジョセフ・クーデルカ写真展「プラハ 1968」(東京都写真美術館、~7月18日)は、ドキュメンタリーのすごさと意味を改めて突きつけてくる。
1968年8月、「プラハの春」と呼ばれた民主化を進めるチェコ・スロバキアにソ連軍(名目上はワルシャワ条約機構軍)が侵攻した。30歳のクーデルカは、侵攻したソ連軍に抵抗する市民のひとりとして、プラハの路上で起こったことをつぶさに記録した。
この写真は秘密裏に海外へ持ち出され、マグナムから撮影者の名前を秘して世界中に配信された(クーデルカの名前が明らかにされたのは16年後のことだった)。
70年代に僕も一部を見た記憶があるけれど、この展覧会はクーデルカ自身が新たに選んだ250点の写真によって、1968年夏にプラハで何が起こっていたかをなまなましく伝えてくれる。
民主化を進めるチェコ共産党は、この侵攻が社会主義国家間の原則に反するとしながら、市民に抵抗しないよう訴えた。だから市民はなんの武器も持たず、素手と言葉だけで戦車に立ち向かうしかなかった。
市民たちは普段の格好をし、かばんや買い物袋を手に戦車を取り囲んでいる。棍棒やプラカードで戦車を止めようとしている。市民は街路や広場の固有名が書かれた標識を壊してプラハを「匿名の町」とし、その代わり占領に抗議する言葉による無数のビラを張り、壁にスローガンを書きつけた。
1968年の夏、僕はこのニュースを自宅で知った。チェコの「人間の顔をした社会主義」の試みを共感をもってながめていた新左翼のはしくれとして、胸にずしんと応えた。近くの荒川土手まで行って、あれこれ考えながら夕暮れの土手をさまよい歩いたのを覚えている。そのときは遥か離れたプラハで何が起こっていたのかほとんど分からなかったけど、この写真展を見て初めて、つぶさに知った。
ドキュメントはそのとき、その場に立ち会った者にしか撮れない。しかも撮られた被写体は、逆に撮影者の立ち位置を明らかにする。クーデルカは「市民的抵抗の参加者」という、歴史のなかの正当な立ち位置にいる。その意味でこれは事態の過酷さとは逆にきわめて幸せなドキュメントであり、20世紀ルポルタージュ・フォトの古典のひとつとして、時間とともに輝きを増していくに違いない。
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