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March 20, 2011

封印された(?)映像

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a sealed image

福島原発は大量放水と電源回復の努力でかすかな希望が見えるけれど、まだメルトダウンと放射性物質大量放出の危機は去らない。一昨日、昨日と、つけっぱなしにしたテレビをじりじりする思いで眺めながら、ふっと思ったことがある。

ニューヨークの世界貿易センタービルに航空機が突っ込む瞬間と、崩壊するビルの姿は、「9.11」を象徴する映像として人々の記憶に埋め込まれている。同じように、「3.11」の大地震と津波を映しだした映像は、近代文明社会が大自然によって破壊される瞬間を記録したものとして世界中の人々の記憶に残ることになるだろう。

なかでも、津波がどんな巨大な力を持っているものなのか、部分的にはスマトラ沖地震で垣間見たけれど、今回はそのすさまじい全体像の一部始終をカメラが映し出していた。とりわけ地震発生直後にNHKのヘリが生中継した映像は衝撃だった。カメラは津波が宮城県名取市の海岸を襲い、上陸して濁流となり、田園地帯の家屋や畑、ハウスを次々に飲み込んでいくさまを余さず捉えていた。道路には車が走っている。車は津波に気づいたのか、Uターンして逃げようとしている。津波がその車を飲み込んでいくほんの直前までの映像を、僕たちは声もなく見つめるしかなかった。

名取市を襲った津波の映像は、翌日くらいまで流されたけれど、その後は流されなくなった。もしかしたら、NHKが封印したのかもしれない。といって僕はそのことを批判しようというのではない。人が死ぬ(と分かっている)瞬間や死者を写さないのは、世界中のマスメディアのかなりの部分が共有しているコードだから。そうではなく、ヘリの中継映像が本来映してはいけない場面を図らずも映し出してしまったとき、なにかが露わになったような気がしたのだ。(後記:あるいは被災者のPTSDを配慮したのかもしれない。)

何度か放映されたこの映像を見て僕が思い出したのは、前田哲男『戦略爆撃の思想』という本だった。

航空機の発達は、戦争の質を変えた。ドイツ軍によるゲルニカ爆撃、日本軍による重慶爆撃、連合軍によるドレスデン爆撃は、高高度の航空機から爆弾を投下することによって、戦闘員と非戦闘員の区別なく敵国の国民を殺戮することを可能にした。この戦略爆撃が東京大空襲、広島・長崎につながったことは言うまでもない。

前田は、戦略爆撃が戦争の質を変えたことについて、もうひとつこういうことを言っていたと記憶する。

それまでの戦争は、良くも悪くも敵と近距離で対面し、敵の顔が見える距離で殺し、あるいは殺されていた。しかし戦略爆撃は、敵の顔を見えなくさせた。高高度を飛ぶ爆撃機のパイロットは、自分が投下した爆弾で殺される人間の顔を見ることはない。人間が本来もっているはずの想像力を麻痺させれば、なんの心理的葛藤なしに機械的に投下ボタンを押すことができる。

半世紀後の今日では、アメリカ国内の基地で、アフガン上空の無人機が送ってくる映像を見ながら機体を操り、地上のテロリスト(と米軍が判断した人々)を殺すことができる。そのとき、現実の殺戮とコンピューター・ゲームのなかの殺戮との間に差を見つけることはむずかしい。

そうした、戦略爆撃機の搭乗員が目にする光景を仮に「戦略爆撃の映像」と名づけるなら、僕たちが宮城県上空のヘリが送ってくる映像で目にしていたのは、この「戦略爆撃の映像」ではないのか。いままさに車を飲み込もうとしている津波の映像に感じた無慈悲はどこから来たかといえば、人々が命を失おうとしているのをなす術もなく見ているしかない無力さと同時に、そうした瞬間をライブで見せてしまうことを可能にした近代的なテクノロジーが持っている禍々しさをも直感させたからではないだろうか。


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