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March 24, 2011

『ブンミおじさんの森』 存在の喜び

Uncle_boonmee
Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives(film review)

『ブンミおじさんの森(英題:Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives)』を見たのは3月9日。翌々日の11日、その感想を書こうとしていたら地震が来た。それからの10日間、とても映画の感想を書く気になれなかった。家々を飲み込んでゆく津波や、水が引いた後の被災地の惨状を見ながら、でもときどきこの映画のいくつかのショットが頭をよぎった。映画はそれだけの力を持っていた。

10日以上たち、しかも地震と津波のすさまじい映像を見つづけたので、映画のディテールはあやふやになりつつある。思いつくことだけでもメモしておこう。

冒頭、真っ暗な画面のなかに、まず音が聞こえてくる。かすかな虫の音。なにものかの気配。低い地鳴りのような響き。画面にかすかな光が射してくると、そこは夜の森。木につながれた水牛の綱が解け、水牛は森のなかにさまよい出る。闇のなかには、生きものの気配が充満している。

場所はタイ北東部にあるラオス国境の村。主人公は病に侵され、死を目前にした初老のブンミ(タナパット・サーイセイマー)。彼は自分の農園に妻の妹ジェン(ジェンチラー・ポンパス)を呼び寄せる。

ブンミとジェンがテラスで食事をしていると、死んだ妻の幽霊がやってくる。行方不明になっていた息子も、体中を体毛で覆われたゴリラか原人のような姿になってやってくる。どうやら森の精霊になったらしい。死者と生者、死にゆく者ら家族4人が話すのを、目の赤く光る精霊の仲間が闇のなかから見つめている。そんな非現実的な出来事が、ごく自然のこととして描かれる。

妻の幽霊が現れるシーンは、昔の映画でよくあった、妻の姿と森の植物を二重映しにする手法。原人のようになった息子は『猿の惑星』みたいな着ぐるみ。目が光る精霊もいかにもローテク。そんなスタイルがいかにも懐かしい気配をかもしだす。映画自体も35ミリでなく16ミリで撮影され、古い映画のような感触がある。

この映画の原題は「前世を思い出せる男」。何の脈絡もなく王女と兵士の愛の場面が出てきて、やがて王女がナマズに変身してしまう。それがブンミの前世なのかどうかは分からない。これも何の脈絡もなく、農村ゲリラが拘束されるシーンが挿入される。1960年代にこの地方でコミュニストが弾圧されたことがあったらしいが、それがブンミの記憶なのかどうかも分からない。

やがてブンミと家族は、死にゆくために森のなかへ入ってゆき、洞窟の奥に身を横たえる。洞窟のなかで、発光する虫なのか、なにか鉱物なのか、星のように光っている。岩の割れ目から、煌々と照る月が見える。ブンミが死んで葬式が行われた後、妻と家族はホテルらしき部屋の一室でテレビを見ている。そんな都市と文明のシーンが最後に挿入され、画面は冒頭と同じく真っ暗になって、森に満ちていた生きものの音で終わる。

生者と死者、動物と植物、鉱物や月。過去と現在。前世と現世。あらゆるものが渾然一体となり、ブンミを取り巻く世界のすべてが震えているのが感じられる。それは存在していることそのものの喜びの震え、とでも言ったらいいだろうか。

「草木国土(そうもくこくど)悉皆成仏(しっかいじょうぶつ)」、生きとし生けるもの、草木だけでなく土や鉱物も霊性を持っていて、すべてが成仏できるという仏教思想を思わせる世界だ。そうした生の喜びとも言うべきものを裏側から照らし出すのが、死にゆくブンミ。この映画は、われわれが死者に対してできることは、自らがこの世界に生あるものとして存在している喜びを確認することだ、と言っているようにも思える。

タイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の映画。以前、『真昼の不思議な物体』『アイアン・プッシーの大冒険』という2本を見たことがあるけど、これは彼にとってどちらかといえば脇の作品。はじめて彼の映画の本領を見た。僕は半世紀以上も映画を見ているけれど、こんな映画はかつて経験したことがない。素晴らしい。


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