キース・ジャレットを聴く
キース・ジャレット・スタンダーズトリオを聴いた(9月29日、渋谷・オーチャード・ホール)。
あいにく席は1階の後方で、暗い空間のはるか彼方の舞台上に小さく、そこだけ照明を浴びたトリオが演奏するのをながめることになる。トリオの音量は大きくないから、この大きさの劇場、この位置ではやや不満。
音と空間のそんなミニチュア感に連想したのは、ガラス球のなかに美しいサンゴとヒトデを閉じ込めた置物だった。20年前、パリへ行ったとき娘に土産として買ってきたものだ。良く言えば、閉じ込められたサンゴとヒトデのように美しさの極みにある。悪く言えば、ジャズの荒々しいエネルギーは凍結されている。
スタンダーズトリオは結成されて30年近く、キース・ジャレット(p)、ゲイリー・ピーコック(b)、ジャック・ディジョネット(ds)の不動のメンバー。その音は円熟しきっている。ピアノの前に座ったキースが一拍置いてテーマを紡ぎ出しはじめる。それを聞いたゲイリーとジャックが、即座に曲にふさわしいバッキングを始める。1曲目の「ブロードウェー・ブルース」から、80年代以来変わらないスタンダーズの世界に引き込まれる。
その完成度の高さは、まるでMJQのようだなと思った。MJQも、ミルト・ジャクソンがどんなにソウルフルにスイングしても、全体としてジョン・ルイスのヨーロッパ的な音楽理念によってコントロールされていた。
僕の印象では、キースのピアノはかつてのようなフリーっぽさが影をひそめ、透明な音で伽藍をつくるように美の世界を築いてゆく。ゲイリーは、10年ほど前にこのトリオを聴いたときは体調のせいか弱々しい音で、このトリオもこれで聴きおさめかな、と思った記憶があるけれど、今回は張りのある音でびっくり。キースのピアノに見事に反応して盛り上げる。ジャックはこのトリオのときはいつもそうだけど、抑えたドラミングで2人を支える。
「いつか王子様が」もよかったけど、アンコールでやったモンクの「ストレート・ノー・チェイサー」で、この1曲だけほとばしるエネルギーが美しく結晶して冷たいガラス球を破ったような気がした。
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