『トラブル・イン・ハリウッド』 プロデューサーはつらいよ
一時期、「ディレクターズ・カット」というのがやたら公開されたことがあった。
かつてはともかく、今は映画の完成版の最終編集権を監督でなくプロデューサーが持っていることが多い。その権利が問題になることが多いのはラストシーンを巡ってで、名作『ブレードランナー』がそうだったように、暗く陰鬱な物語がそれまでの展開からすると唐突にハッピーエンドで終わってしまうことがある。多くの観客はハッピーエンドでないと満足してくれないから、映画が完成すると内部試写をしてアンケートを取り、不満の声が多いと最終編集権を持つプロデューサーが勝手に結末を変えてしまうのだ。
「ディレクターズ・カット」は、そんなふうに監督の意に反して編集された映画を監督の意図通りに戻して公開したもの。監督はつらいなあと思っていたら、プロデューサーもつらいよ、というのが『トラブル・イン・ハリウッド(原題:What Just Happened)』だった。
ハリウッドのプロデューサー、ベン(ロバート・デ・ニーロ)は目下、トラブルを抱えている。彼は最終編集権を持ったエグゼクティブ・プロデューサーでなく、「co-producer」とか「associate producer」とかクレジットされる存在なんだろうか、最終編集権はスタジオのトップ、ルー(キャサリン・キーナー)が持っている。
ショーン・ペン主演(本人が出演)のサスペンス映画「フィアスリー」のラストシーン。キース・リチャーズみたいな風貌のアーチスト監督(マイケル・ウィンコット)が、ショーン・ペンを追う殺し屋に彼だけでなく愛犬も殺させ、画面にいっぱいに犬の殺害シーンがアップになり、血がほとばしる。動物虐待にうるさいアメリカで、試写会の客は顔をそむける。ルーはラストシーンを変えろとベンに命じるが、監督はかたくなに拒否している。
ベンはもうひとつトラブルを抱えている。ブルース・ウィリス主演(こちらも本人が出演)の恋愛映画の撮影が始まろうとしているが、ブルースはメタボで、しかもギリシャの哲人みたいなアゴ鬚を剃ろうとしない。出資者は、ブルースがアゴ髯を剃らなければ撮影は中止だと怒っている。
そんなトラブルを抱えながら、ベンの日常は分刻みに忙しい。別れ話が進む妻とは、2人でうまく別れるためのセラピーを受けている。朝、妻と住む息子を車で小学校に送り、次に前妻との間にできた娘を高校に送る。ブラッド・ピッド主演で花屋業界の裏を描く企画が持ち込まれている。仲間のプロデューサーが自殺し、葬儀に出なければならない。
出資してもいいという怪しげな男たちとレストランで会食する。と、同席していた美女が、「映画に出して」と電話番号をメモして誘いをかけてくる。ベンはその誘いに乗る。夜、自宅で久しぶりに妻とベッドを共にする雰囲気になったところで携帯が鳴る。その妻はどうやら同業者と浮気しているらしく、嫉妬にかられたベンはそれが誰かを確かめようとしている。
映画業界の内幕ものの、ベンを巡るそんなドタバタがシニカルなタッチで描かれる。ショーン・ペンはいつも通り熱っぽく、ブルース・ウィリスはわがままな「ブルース・ウィリス役」を楽しげに、そしてロバート・デ・ニーロは次々降りかかる難問に振り回される男を滑稽さを感じさせながら演じている。ショーンの映画はカンヌ映画祭に出品され、ブルースの映画は髯を剃ったかどうか分からないま撮影初日を迎え、それぞれひねったオチが用意されている。
ロバート・デ・ニーロの製作。監督は『レインマン』のバリー・レヴィンソン。コメディだけど切れのある笑いがあるわけでなく、映画の印象はそこはかとなく悲しい。ま、豪華な役者を見ているだけで楽しいけど。
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