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August 25, 2010

『瞳の奥の秘密』 現代史の中の愛と犯罪

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考えてみれば、本格的(?)なアルゼンチン映画を見るのははじめてだ。面白そうだった『僕と未来とブエノスアイレス』は見逃したし、評判の音楽映画『アルゼンチンタンゴ』はまだ見てない。アルゼンチンで撮影された映画なら『ブエノスアイレス』(ウォン・カーウァイ監督)や『モーター・サイクル・ダイアリーズ』(ウォルター・サレス監督)があるけど、資本関係や監督、俳優などの枠組みが国際的でアルゼンチン映画とは言いにくい。

『瞳の奥の秘密(原題:El Secreto de Sus Ojos)』も資本はスペインとの合作だし、監督のファン・ホセ・カンパネラはアメリカに渡ってTVシリーズを撮っている人だけど、まずはアルゼンチン映画と言っていいだろう。最近の映画は資本も人も国籍を超えて結びつくから、アルゼンチン映画とか日本映画とか言いにくくなっているけれど、それでも国によって映画の肌触りはずいぶん違う。

この映画が公開されたのは、『おくりびと』の翌年のアカデミー外国語映画賞受賞作という話題性もあったに違いない。ミニシアターが経営難でマイナーな映画を見る機会が減っているなか、いろんな国の映画が公開されるのは嬉しいし、僕が見た日曜夕方の回は満席で、お客が入っているのも嬉しい。

『瞳の奥の秘密』は物語も画面も音楽も温かな肌触りで、エモーションあふれる映画だった。

物語は、1999年の現在から1974年の過去へとフラッシュバックしながら進む。その間に流れた25年という歳月そのものが映画の主題になっている。1974年、ある殺人事件が起こる。銀行員の妻が何者かに暴行され殺される。被害者の知人が容疑者として拘束されるが、政情不安のなか彼は権力のスパイとなって釈放されてしまう。当時、イサベル・ペロン大統領が軍のクーデタによって追放され、軍事政権によるペロン主義者や左翼に対するテロが頻発していた。

ベンハミン(リカルド・ダリン)はこの事件を担当した刑事裁判所の係官(アルゼンチンの司法制度を知らないけど、刑事的な役割もするらしい)。1999年に退職するが、結局未解決に終わった25年前の事件が忘れられない。事件を忘れられないのは、当時上司だった美しい判事補イレーネ(ソレダ・ビジャミル)への思いが断ち切れないからでもある。イレーネもまた、左遷されたベンハミンを見送る別れのホームで初めて確かめた互いの思いに囚われて25年生きてきた。妻を殺された銀行員もまた、妻への思いから、釈放され消えた容疑者を追いつづけている。

そんな思いを持ちつづける3人にとって、25年の歳月も一瞬みたいなものだ。ベンハミンもイレーネも銀行員も、大事なことを言葉にぜずに25年間、それぞれの思いを抱きつづけてきた。そんな3人の思いが、映画の最後になって交錯する。一歩間違えれば大時代なメロドラマになりそうだけど、センチメンタルに流れないのは3人の沈黙の深さが画面に緊張を与えているからだろう。

ベンハミンが高卒の叩きあげなのに対して、イレーネはアメリカに留学し一流大学を卒業したエリートという設定。だからこそベンハミンは臆病になったのだが、そんな古風(?)な思いが描かれるのも、そういう社会構造がアルゼンチンに存在しているからだろう。(『モーターサイクル・ダイアリーズ』に描かれた若きゲバラも上流階級の出だった)。

ベンハミンの気のいい同僚(ギレルモ・フランチェラ)がアル中で役立たず、でもバーで朝から飲んだくれながら事件のカギを発見し、最後はベンハミンの身代わりにテロの犠牲になる脇のエピソードも泣かせる。Aの文字が打てない25年前のタイプライターとか、小道具も効いている。

古い写真から目つきだけで容疑者を割り出したり、満員のスタジアムで容疑者を見つけたり、偶然がすぎるところもあるけど、そんなことを忘れさせる語りのうまさ。『瞳の奥の秘密』はアルゼンチンでも大ヒットし、史上2番目の興行成績を上げたという。アルゼンチンの現代史を踏まえた愛と犯罪のドラマだからこそだろう。


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