『インセプション』 夢の中の夢の中の夢
クリストファー・ノーラン監督のデビュー作『フォロウィング』は見てないけど、第2作の『メメント』以来、彼がずっとこだわっているのは、目の前に広がるこの現実は実は現実ではないのではないか、という問いではないのか。
『メメント』の10分しか記憶を保てない男。『インソムニア』では白夜の不眠症で記憶と現実の境があいまいになる刑事。『ダークナイト』では、現実の裏に広がるダークサイドへと誘うジョーカー(ヒース・レジャー)のほうがバットマンより魅力的だった。いずれも、記憶や夢や悪の哲学によって現実が腐食されてゆく。
でもノーランはそこから現実を離れて一気に幻想世界に飛び移り、ティム・バートンやテリー・ギリアムのようにその世界に遊ぶタイプではないらしい。あくまで現実にこだわりながら、夢や幻想によって現実を変形させようとする。まるでナマの現実よりこっちの「現実」のほうがリアルで面白いよ、と言いたげだ。
『インセプション(原題:Inception)』では夢が現実に侵入し、現実を食い破る。
ハイパーモダンな二条城みたいなサイトー(渡辺謙)の屋敷。パリのカフェに座るコブ(レオナルド・ディカプリオ)とアリアドネ(エレン・ペイジ)の周囲で風景が爆発してゆく。パリの街路が向こう端からぐぐぐとせり上がり、二つ折れになって上空からのしかかる。海岸で崩れ落ちる廃墟の高層ビル。
コブとアリアドネは夢を共有し、他人の夢に入り込み、夢をつくる「設計士」で、彼らが設計した夢のイメージ群がこの映画のみどころだ。彼らの設計する夢が3層構造になっていて、夢と、夢の中の夢と、夢の中の夢の中の夢では流れる時間が異なるという設定で物語を複雑にしている。現実と3層の夢が入り乱れて進行するうち、見る者も主人公たちも、いま自分がどこにいるのか分からなくなったり、現実に戻れなくなったりしてしまう。
しかもコブは妻・モル(マリオン・コティヤール。魅力的)の自殺がトラウマになっており、モルの夢には常にエデット・ピアフの歌とともに彼女が現れて、設計された夢の進行をさまたげる。そんなふうに幾重にもはりめぐらされた迷宮をさまよう感覚が、この映画の面白さ。
もっともそのあたりの構造がぜんぶ分かり、最初は新鮮だった夢の映像にも慣れてしまうと、『マトリックス』がそうだったようにノン・ストップのアクションでもやや退屈する。よく考えれば、すべては夢のなかで現実には何も起こらないわけだし。
ラストは、夢と現実が交錯する映画らしく、これしかないだろうという終わり方。ノーラン監督にはもう少しダークなテイストを期待したんだけど、これはこれでアクション映画として楽しめる。
『2001年 宇宙の旅』や『市民ケーン』を思い出させるベッドや風車のショットがあるのも、にやりとさせるな。
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