『クレイジー・ハート』 ジェフとマギー讃
テキサスやニューメキシコなど西部の町々をドサ回りするアル中のカントリ・シンガー、バッド(ジェフ・ブリッジス)は、かつての人気歌手。サンタフェのライブで地元の女性ジャーナリスト、ジーン(マギー・ギレンホール)の取材を受け、親しくなって一夜を共にする。翌朝、バッドはかつての弟子で人気シンガーになったトミー(コリン・ファレル)の前座を務めるためにフェニックスへ旅立つ。
コンサートを終えたバッドは、帰途、砂漠のハイウェイ脇にある公衆電話からジーンにダイアルする。これからそっちに行きたい、と。ジーンは、答えるまでのほんの1秒か2秒、なんとも微妙な表情を浮かべて逡巡する。バッドとのことを、一夜の思い出として記憶のなかに収めておくのか、それとも新しい愛に踏み出すことになるのか。バッドもジーンも結婚に失敗した過去を持ち、ジーンには4歳の息子もいる。
ベージュの土壁が印象的なサンタフェ様式の住宅。明るい窓際で、受話器を持ったジーンが放心したようにも見える逡巡の横顔を捉えた1秒か2秒のショットが素晴らしい。しかもクローズアップしたり長回しして強調するわけでもなく、注意しなければ見過ごしてしまいそうな、さりげない撮り方なのがにくい。スコット・クーパー監督(脚本も)のデビュー作だけど、きっと大人の映画をつくれる監督なんだな。
(以下、ネタばれです)結局、バッドとジーンは愛し合うようになり、息子のバディもバッドになつき、でも息子とアルコールをめぐってある出来事が起きて、2人は別れる。
……と、このあたりは予想がつく展開だけど、最後がハリウッド映画のように並みのハッピー・エンドで終わらないのがまたいい。それぞれの道を歩き始めた2人の会話が、サンタフェの砂漠の空に融けてゆく(ロケは砂漠の丘上に建つサンタフェ・コンサートホール)。そういえばジェフ・ブリッジスとミシェル・ファイファーの『恋のゆくえ』(何度見たことか)も、別れたジェフとミシェルが路上で会話を交わすビターな味わいで終わっていた。
ディテールがすごく効いてる。ライブ会場がボーリング場のバーだったり、車で会場に着いたジェフがポリ容器にためた小便をまいたり(アメリカで立小便が見つかると留置されることもある)、バッドのファンだったデリのおやじにウィスキーを1本おごられたり、そのウィスキーで酔ったバッドが演奏の最中に気分を悪くし、歌うのをやめてゴミ容器に吐いたり、ドサ回りのわびしさを漂わせるジェフ・ブリッジスが絶妙。
1949年生まれのジェフ・ブリッジスは僕より2歳年下だけど、同世代的な共感をいちばん感ずる役者なんですね。初めて見たのは40年近く前の『ラスト・ショー』。田舎町の高校生役だったけど、以来、『サンダーボルト』の小生意気なあんちゃん、『800万の死にざま』のハードボイルドな探偵、『アメリカン・ハート』のダメな父親、『ビッグ・リボウスキ』ではあっと驚く肥満体になってみせ、作家を演じた『ドア・イン・ザ・フロア』では妻役のキム・ベイシンガーとの葛藤がリアルだった。
強烈な個性派ではないし、決してうまい役者でもないけれど、同じ時代を生きてきたんだなあ、という感慨がある。僕はアカデミー賞に大して興味がないけど、ジェフがこの映画で初めてアカデミー主演男優賞を取ったのは素直に嬉しかった。
それ以上にいいのがマギー・ギレンホール。前作『ダークナイト』ではあまり印象に残らなかったけれど、この作品のマギーはほんとに魅力的だ。4歳の息子を持つシングル・マザーの可愛いさ。不安を抱きながらも、才能あふれるアル中のバッドにのめりこんでいく一途さ。去年見た『レスラー』も似たような、ドサ回りのかつての人気者を主人公にした映画で、相手役のマリサ・トメイがこれまた実によかった。マリサもマギーもいわゆる美人女優ではないけれど、独特の雰囲気と艶っぽさをもっている。この映画のマギーも記憶に残るだろうな。
バッドがつくり、トミーが歌う「The Weary Kind」(これもアカデミー賞主題歌賞を受けた。実際にはライアン・ビンガムとTボーン・バーネットの曲)が心にしみる。
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