『グリーン・ゾーン』 ハリウッド・エンタテインメントの力
こういうのが今、ハリウッドでいちばん良質のエンタテインメントなんだろうな。
かつて、ハリウッドの戦争ものエンタテインメントといえば、『ランボー』に代表されるように善玉と悪玉、正義と悪がはっきりし、スーパーヒーローが活躍する分かりやすい映画だった。いま、冷戦が終わって東西対立がなくなり、「分かりやすい戦争」がなくなったせいかもしれないが、そうした善と悪がはっきりした映画はファンタジーものが一手に引き受けているように見える。
イラク戦争については『告発のとき』『リダクテッド』『ハートロッカー』などがつくられたけれど、それぞれ立ち位置の差はあっても、アメリカが善、フセインは悪という単純な構図の映画ではなかった。これらの映画はどちらかというとシリアスな映画だったけど、『グリーン・ゾーン(Green Zone)』は、『ボーン・スプレマシー』『ボーン・アルティメイタム』のマット・デイモンとポール・グリーングラス監督が組んだ戦争ミステリー・アクション。それでも、かつての戦争映画のように分かりやすい映画にはなっていない。
バクダッドを占領した米軍・大量破壊兵器捜索隊隊長のミラー(マット・デイモン)は、情報に従って大量破壊兵器が造られていた工場を捜索するが、何度も空振りに終わる。国防総省高官(グレッグ・キニア)の情報に疑問をもったミラーは、CIAの現地エージェント(ブレンダン・グリーソン)と組んで真相を解明しようとする……。
(以下ネタばれです)大量破壊兵器がなかったという事実は誰もが知ってるわけで、サスペンスの芯は、大量破壊兵器情報をめぐる国防総省とCIAの暗闘。国防総省高官は内通したイラク軍将軍が差し出した情報を操作して、占領後の体制を自分たちの思いどおりに構築しようとする。
実際、ボブ・ウッドワード『ブッシュの戦争』を読むと、大量破壊兵器製造を名目にイラク侵攻を主導したのはラムズフェルド国防長官と国防総省で、CIAは政権の中枢からはずされていた。また内通者についても、ある程度事実に基づいているようだ。wikipediaによると、「カーブ(Curveball)」とコード名で呼ばれるイラン人化学技術者が大量破壊兵器製造についての情報をアメリカに流していたという(後に、この情報は偽物と断定された)。
そういうことからして、いかにもありそうな設定。マット・デイモンが最後、敵のイラク軍将軍と1対1で対決するという現実にはありえないシーンはエンタテインメントだから仕方ないとはいえ、マットが真相を追究すればするほどアメリカが「悪者」に見えてくる皮肉な図式になっている。また、マットのかたわらにイラク人通訳を配して、彼に「イラクのことはアメリカ人に決めさせない」と、マットにも冷たい目を向けさせている。アメリカ国内では、この作品は「反アメリカ的」という評がずいぶんあったようだ(監督以下、主要スタッフはイギリス人)。
エンタテインメント映画とはいえ、『グリーン・ゾーン』はこれだけ周到な設定をしている。そうしたいろんな配慮や複雑な設定を踏まえてなおスリリングなアクション映画に仕上がったのは、ひとつには脚本のブライアン・ヘルゲランドの力だろう。
ヘルゲランドは『LAコンフィデンシャル』や『ミスティック・リバー』にしろ、『マイ・ボディーガード』や『サブウェイ123 激突』にしろ、入り組んだ人間関係を巧みに処理し、サスペンスフルで、それでいて深く人間を見つめた脚本が多い。僕はヘルゲランド脚本の映画を見つけると、あ、また面白い映画に違いないと思う。
もうひとつ素晴らしいのは、撮影監督バリー・アクロイドのハンディ・カメラの映像。イギリス人のアクロイドは、硬派の映画をつくるケン・ローチ監督と組んできた。グリーングラス監督と組むのは『ユナイテッド93』以来、2度目。『ユナイテッド93』は、9.11のハイジャック機が墜落するまでをドキュメンタリー・タッチで、テロリストも犠牲になったアメリカ人も人間として同じ目線で描いたものだった。ちなみにイラク戦争を題材にした『ハートロッカー』もアクロイドの撮影。
アクロイドが撮影するハンディ・カメラの映像は、群衆ひしめくバクダッドの街頭で、あるいは敵が潜む暗い路地で、見る者もマット・デイモンの傍らにいると錯覚させるリアルさ。ぐらぐらと揺れ動く映像に、マットとともに街頭や路地に迷い込んだような感覚に襲われる。ロケはスペインとモロッコで行われている。
こういう優秀なスタッフに囲まれ、クールな苦みを漂わせるマット・デイモンを主役に配して、グリーングラス監督は見応えのあるサスペンスをつくりあげた。ハンディ・カメラの短いショットをモンタージュの技を駆使してつないでいくやり方は最近のハリウッドの流行だけど(もとをたどれば『24』『CSI』といった60分TVドラマで培われたものだろう)、この映画でも効いている。
マット・デイモンの彫り込みが足りないのはアクション映画だからまあ許すとして、ハリウッド・エンタテインメントの実力を見たと思った。
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Comments
ボーンシリーズ観て、マット・ディモンが好きになりました。
顔の好き嫌いでいくと、趣味なタイプとも
いえないけど、役者として魅力ある!
Posted by: aya | May 26, 2010 08:38 PM
ボーン・シリーズは映画も面白かったし、マット・デイモンもよかったですものね。クールで、あんまりマッチョな感じがしないのが逆にアクション・スターとしていいのかな。
Posted by: 雄 | May 27, 2010 08:59 PM