根津美術館の鈴木其一
根津美術館は去年の秋に隈研吾設計の本館ができて新装開館した。エントランスは竹をうまく使った和風の外観。
ロビーには中国の石仏が置かれ、総ガラス張りの壁ごしに雨に濡れた庭園の緑がみずみずしい。
いまやっているのは所蔵品による琳派展(5月23日まで)。ここの琳派コレクションは素晴らしい。
一番人気は尾形光琳の「燕子花(かきつばた)図屏風」だけど、僕が見たかったのは鈴木其一(きいつ)の「夏秋渓流図屏風」。数年前に開かれた「大琳派展」で「燕子花図屏風」は見たけれど、「夏秋渓流図屏風」は見られなかった(どちらも期間限定の展示だったので)。
10年前、ある本を編集していて「夏秋渓流図屏風」を図版として使うことになり、根津美術館からフィルムを借りたことがある。そのときから現物を見たいものだと思っていたけど、忙しさにかまけてその機会がなかった。
印刷やネットで見る「夏秋渓流図屏風」は、「燕子花図屏風」よりもっとデザイン的な、鮮やかな色彩と形が印象的なイラストレーションふうの絵に見える。そこが、江戸絵画なのに現代に通ずるものがあると感じられる理由だろう。
ところが、現物に近づいてみるとその印象は一変する。描かれている植物や岩や水が、なまなましい力をもって見る者に迫ってくるのだ。
檜の針葉は、ひとつひとつ細密に描かれ絵具がぐりぐり盛り上がっている。幹に密生する丸い苔は、まるで檜を食いつくそうとするエイリアンみたい。山百合の白い花弁に散る斑点は、毒気を放つように禍々しい。真っ青な渓流は、水というより流動する身体をもった生命体のようだ。それらの背後にあって、まるで昨日箔を押されたみたいに輝く金箔に包まれたシュールな世界。
伊藤若冲とはまた別の意味で奇想の画家であることがよく分かる。
印刷物の編集に携わる者として、絵画でも写真でもたいていのものは印刷でかなりのところまで再現できると思っている。でもこの絵は、いちばん大事なところが印刷では伝わらない。パリでそれまで印刷を通して見るだけだったゴーギャンとゴッホをまとめて見たとき、ゴーギャンの色は印刷インクでは再現できない、ゴッホの絵から感ずる微妙な視覚の歪みも印刷では再現できない、つまり2人の絵描きの核が印刷では伝わらないんだなと思ったけど、似たような体験だった。
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