『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』と『用心棒』
香港ノワール『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を(原題:復仇、英題:Vengeance)』になぜ昨今のフレンチ・ノワールふう邦題がつけられたかといえば、そもそもフランス資本がジョニー・トー監督に話をもちかけた映画で、歌手のジョニー・アリディ主演だからなんでしょうね。
そういう成り立ちを反映してるのかしてないのか、この映画のジョニー・トー監督、普段にも増して遊び狂ってる感じだなあ。ファンはそれだけで楽しめるってなもんですが。
この作品には、過去のいろんな映画の影を感じました。それもジョニー・トー監督の映画としては今までになく強く。例えばジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』、黒澤明の『用心棒』、それに東映現代ヤクザもののテイストも匂いました。いろんな映画からショットやシークエンスを借り、それをつないで1本の作品にしてしまうという剛腕(?)は、タランティーノの『キル・ビル』みたいなものと思えばいいんでしょうかね。
聞くところによると、ジョニー・トーはジョニー・アリデイ以前にアラン・ドロンにオファーしたとか。アラン・ドロンのノワールといえば、思い出すのはジャン=ピエール・メルヴィル監督の傑作群です。この映画との関係でいえば、『サムライ』でしょう。全編にわたってほとんど口をきかない殺し屋。
『冷たい雨に撃て』の元殺し屋、シェフのアリデイも、マカオ、香港では言葉の分からない異邦人です。黙っているしかありません。その無口は『サムライ』の殺し屋と共通です。というより、『サムライ』の殺し屋の隠れた趣味が実は料理で、殺し屋を廃業後レストランを開業、娘もでき、そしてン十年後、殺された娘の復讐にマカオにやってきた……と考えると、なぜトーがアラン・ドロンを起用したかったのか、その理由がストンと腑におちます。
もっとも映画全体のテイストは、音楽をまったく使わないハードな『サムライ』に対して、音楽じゃかじゃかで陽気で出鱈目な『冷たい雨に撃て』と対照的ですが。いわずもがなですがアリデイのソフト帽にトレンチコートは、『サムライ』のドロンもそうですが、ノワール・ハードボイルド系ヒーローのいでたちの定番です。
『用心棒』を感じたのは、マカオの夢の島みたいな埋め立て地(?)での対決シーン。空っ風吹きすさび、土埃舞う上州のさびれた宿場。跡目相続をめぐって2人の親分が対立している。三船敏郎の用心棒が双方を天秤にかけ、子分どもをたたっ斬る。その荒涼とした雰囲気が、『冷たい雨に撃て』に再現されています。
アンソニー・ウォン、ラム・シュらアリデイ組と敵が対決するシーンは、強風が吹きつけ、無数のゴミが宙に舞っています。ああ、『用心棒』だなあと思いました。丸太で組まれた櫓も『用心棒』に出てきた記憶があります。
もっとも『用心棒』はエンタテインメントながら黒澤流リアリズムに貫かれていますが、『冷たい雨に撃て』はここでも対照的です。敵の一人ひとりが巨大なサイコロみたいな圧縮ゴミをころがし、盾にしながらウォンたちに迫ってくるショットには思わず笑ってしまいました。『用心棒』の世界にいきなりこういうのを持ちこむのが、いかにもジョニー・トーです。
湾岸の荒涼とした埋め立て地での対決というと、『用心棒』ばかりでなく、東映現代ヤクザものも思い出しました。40年以上前、しかも毎週のように見ていたのでタイトルも記憶も定かでないのですが、東京湾の埋め立て地を舞台にクライマックスを撮っていた映画があったはずです。
着流しの一匹狼、鶴田浩二と、企業に衣替えした近代ヤクザ、三つ揃いをばしっと決めた渡辺文雄が対決する。荒地の背後にはコンビナートが煙を吐いている。いま考えれば近代対反近代の図式的なショットですが、当時は興奮したもんです(と書いていて思い出した。こういう図式的ショットを好んだのは若き深作欣二だから、『博徒解散式』だったか?)。
どうもトー監督は、このあたりも見ているのではないか。僕のカンですから、真偽のほどは保証できませんが。
もっとも、いろんな「借景」をつなぐのが、いかにもジョニー・トーらしい食事・食卓のショットなんですね。ジョニー・アリデイと3人組のアンソニー・ウォンらは、シェフのアリデイがつくるパスタをほおばりながら友情を固める。ジョニー・アリデイが死んだウォンらの仇を討つために立ち上がるのも、ウォンの仲間の子供たちと食事をしている埋め立て地の場でですね。
東映ヤクザなら、夜の土手、ドスを手にした健さんに池辺良が無言で寄り添うといった場面が、ジョニー・トーの映画では食卓になる。このへんがいかにも香港ノワールらしくて好きです。
そしてトー映画の食事シーンといえば欠かせないのが常連ラム・シュの存在です。この映画でもラム・シュは食い意地が張った殺し屋で、敵とはじめて対面する野外パーティのシーンでも、敵が贈った唐揚げ(?)をラム・シュだけは口にし、敵のプレゼントを食べるのかとたしなめられて惜しそうに吐き出すといったシーンがあります。ラム・シュのかもしだす笑いが、トー映画のもうひとつの側面ですね。
この映画、冷静に考えれば辻褄が合わないところがいっぱいあるし、アリデイと3人組が拳銃を撃って弾丸で無人の自転車を転がしたり、お遊びがすぎる気もしますが、ジョニー・トーのファンなら許してしまいますよね。というわけで、たっぷり笑い、楽しみました。
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