『渇き』 荒唐無稽なリアル
ヴァンパイアは相手の首筋に食らいついて血を吸うものと決まってるけど、ヴァンパイアになった神父のサンヒョン(ソン・ガンホ)は、人を殺さないよう病院で点滴している患者の管を口にくわえてチュウチュウ血を吸う。思わず笑ってしまう。
いったんは死んで動かなくなった人妻テジュ(キム・オクビン)が、サンヒョンにヴァンパイアの血を注ぎこまれ、画面いっぱいにアップになった下あごから首筋の肌がピクリピクリと動きはじめる。そのエロティックなこと! 家を飛び出し夜の街を走るテジュがいきなりサンヒョンに抱きかかえられ、はだしの足に男の靴を履かせられる。その切ないこと!
夫のガンウを共謀して殺したテジュとサンヒョンが夫婦のベッドで抱き合っていると、裸の2人の間には死んだガンウがきょとんとした顔ではさまっている。2人の罪悪感が生んだ妄想を映像化してるんだろうけど、なんとも滑稽。夫を殺す前、テジュは口を開いて寝ている夫ガンウの口のなかに、ハサミの刃を突き立てる寸前まで振り下ろす動作を繰り返す。ギャッと叫びたくなるような空想の痛覚。
ワイア・アクションで夜の街の屋根から屋根へ飛びうつる抱き合ったサンヒョンとテジュの美しいこと! そんなふうに記憶に残るショットを数えあげれば、まだまだある。
ヴァンパイアの恋物語ってよくある話だけど、パク・チャヌクの『渇き(原題パクチェはコウモリの意)』は設定を現代の韓国に移しかえ、男には宗教的な破戒と自己処罰の劇を、女には因習的な家の「犬」として生きてきた人妻が自らを解放する『人形の家』的な劇を重ねて、荒唐無稽だけどリアル、コミカルだけど切なくて、グロテスクだけどエロティックで、作品としての統一感はないけどパワフルな映画になってる。
ソン・ガンホとキム・オクビンがすごくいい。2人の映画といってもいいくらい。
ソン・ガンホは韓国を代表する、日本でいえば役所広司みたいな役者だけど、10キロ減量して引き締まった顔で登場。カソリックの神父がウィルスの実験台に志願してヴァンパイアになってしまい、幼馴染の男の妻と愛し合うようになって女もヴァンパイアにしてしまう。最初は神父として、後にはヴァンパイアとして、わが身を滅ぼそうとする衝動に突きうごかされる男を演じてみごと。
キム・オクビンを見るのははじめて。チマ・チョゴリの店(セットみたいだけど、昭和の洋服店みたいな懐かしさを感じさせる)を経営するマージャン狂いの女経営者に育てられ、お人好しの息子の嫁にさせられて奴隷のように生きてきた女。それが神父と出会って変わりはじめ、店の暗がりで神父と抱き合い、自らもヴァンパイアになり、神父と共謀して夫を殺し、母親を不随の身にして店を乗っ取る。果ては神父すら振り回すようになる。
そんな女の変幻自在を全身で演じて魅力的(カタロニア映画祭で主演女優賞)。挑むような眼がいいね。そんなにキャリアのある女優じゃないらしいけど、美形の韓流スターというよりペ・ドゥナみたいなタイプかな(激しいラブシーンも厭わないし)。韓国映画を見る楽しみがまたひとつ増えそう。
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