『ハート・ロッカー』と西部劇のヒーロー
冒頭、「War is a drug.」というエピグラフが映し出される。見終わって、この言葉に映画のエッセンスが込められていたのが分かった。これは「戦争依存症」の男の映画だったんだ。
戦争依存症の男にとって、戦場はイラクであろうがアフガニスタンであろうが、戦場でありさえすればどこでも構わない。また、正しい戦争(というのがあるとして)であろうが、間違った戦争であろうが、それも問題ではない。
『ハート・ロッカー(原題:The Hurt Locker、棺桶)』の主人公、米陸軍爆発物処理班のジェームズ軍曹(ジェレミー・レナー)にとっては、爆弾処理の危険な現場が存在することだけが重要なのであり、その爆弾を誰が、どういう理由によって仕掛けたのかが意識に上ることはない。彼にとっては死と隣り合わせの体験だけが「生きている」時間で、それをもたらした状況はどうでもいい。
だから、この映画は「われわれはなぜイラクにいるのか」とは問わない。「この戦争は間違っているのではないか」という疑問とも無縁だ。
だからといって、そういう意識のあるなしでこの映画を評価しようとは思わない。映画に倫理や価値観をもちこむ必要は必ずしもないのだから(いや、別に持ち込んでもかまわないけど。『戦艦ポチョムキン』や『カサブランカ』みたいなプロパガンダ映画の傑作もある)。でも、そういうものをセリフや音楽や映像で明示しなくても、どうしたって映画全体から自ずからにじみ出てくるものがある。大げさにいえば映画の無意識みたいなもの。
爆発物処理のルールを無視し、防護服を脱いで爆弾を処理したり、無茶をやって部下を危険にさらしたりするこの男は、戦争依存症という病気であると同時に、現場の司令官が誉めたたえるヒーローでもある。そういう相反する二面性がこの男には与えられている。
戦争依存症といっても、それは見ている僕らがこいつは病気だなと思うだけで(あるいは、つくり手がそう思わせる描写をしているだけで)、劇中のジェームズ軍曹がそれを自覚しているわけじゃない。戦場に恐れおののき、軍医にセラピーしてもらっているのは、部下のエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)のほうだ。
ジェームズ軍曹は700発以上の爆弾を処理したプロ中のプロで、部下のサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とは殴りあいをすることで友情を確かめあうような男。プロフェッショナルで、マッチョで、でも女性や子供に優しいキャラクターは、西部劇の荒くれ男を筆頭に、アメリカ映画がいちばん好むヒーロー像でもある。
この映画は、そんなジョン・ウェインに象徴される古いタイプの西部劇のキャラクターと構造を、そのまま踏襲しているようにも思える。ジョン・ウェインは、俺たちはなぜ西部にいるのかと自問しなかったし、インディアンはなぜ襲ってくるのかと疑問をもつこともなかった。ウェスタン映画の舞台だった西部がイラクになり、インディアンがイラク人テロリストになったと思えば、この映画はひとひねりしたヒーロー(病気の男)を主役にした現代的西部劇と言えるかもしれない。
同じような現代的西部劇でも、例えばクリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』は、古い西部劇が無自覚のうちに前提とした白人は善、インディアンは悪という単純な価値観に疑問をさしはさむものになっていた。『ハート・ロッカー』は、手持ちカメラを多用した戦場シーンはリアルだし(撮影はケン・ローチ作品を撮っているバリー・アクロイド)、アクション映画としての出来はいいけれど、古い西部劇の構造をひきずっているために、どこか底の浅い感じを否めない。
「War is a drug.」というエピグラフに、それなりの批評的な目を感ずることはできるけれど、それもひとひねりしたヒーローのアクション映画に薬味をきかせる程度の役割しか果たしてないんじゃないか。
とすれば、この映画が今年のアカデミー賞最優秀作品賞を取った理由もよく分かる。ひとつは、アメリカ映画の主流である西部劇(戦場映画)としての出来のよさによって。もうひとつは、戦争の是非を問わないことによって。
さっき触れた『グラン・トリノ』や、同じイーストウッドの『父親たちの星条旗』、あるいは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』といった自らを切開する痛みをともなう映画群は、所詮アカデミー賞とは無縁なんだろう。でも、こういう映画が次々に生まれることこそアメリカ映画の素晴らしさだと僕は思ってる。
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ハート・ロッカー’08:米
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Comments
こんばんは。
とても興味深く読ませていただきました。
>『グラン・トリノ』や、同じイーストウッドの『父親たちの星条旗』、あるいは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』といった自らを切開する痛みをともなう映画群は、所詮アカデミー賞とは無縁なんだろう。
なるほどと思いました。
>古い西部劇の構造をひきずっているために、どこか底の浅い感じを否めない。
と合わせて、自分がいまひとつ感動しなかった理由も分かったような
…と言えば不遜かもしれませんが、
そんな気がしました。
Posted by: えい | March 20, 2010 10:10 PM
コメントありがとうございます。
確かにこの映画、見終わった後に複雑な感情を抱かせられる映画ですね。それが何なのかを僕なりに考えてみたものですので、同意してくださる方がいらっしゃると心強いです。
でもアカデミー賞を取ったために、やや辛口になってしまったかも(どうも権威嫌いの癖が抜けなくて)。アカデミー賞と無縁だったら、「薬味」の部分をもう少し評価していたかもしれないなあと苦笑しています。
Posted by: 雄 | March 22, 2010 01:34 PM
TB有難うございました。
ドキュメンタリー風の作品なので
ストーリー性は皆無でしたが、爆弾処理班から
戦争の日常が非常にリアルでした。
今度、訪れた際には、
【評価ポイント】~と
ブログの記事の最後に、☆5つがあり
クリックすることで5段階評価ができます。
もし、見た映画があったらぽちっとお願いします!!
Posted by: シムウナ | March 24, 2010 10:24 PM
この映画の緊迫したドキュメンタリー・タッチには、撮影監督のバリー・アクロイドの力が大きいのではないかと思います。ケン・ローチの作品を撮っている名手ですね。
Posted by: 雄 | March 24, 2010 11:31 PM