『パブリック・エネミーズ』のフェティッシュ
1930年代、大恐慌下のアメリカで悪玉ヒーローになった銀行強盗ジョン・デリンジャー(ジョニー・デップ)が、恋人ビリー(マリオン・コティヤール)に初めて会ってダンスするシカゴのクラブ。バンドづきの歌手が「バイ・バイ・ブラックバード」を歌っている。20年代のヒット曲で、後にマイルス・デイヴィスの名演でジャズ・ファンにはおなじみになった曲。おや、聴いたことのある歌声だなと思ったら、ダイアナ・クラールのカメオ出演じゃありませんか。
誰も僕を分かってくれない、と恋人に訴える内容の「バイ・バイ・ブラックバード」が、ラスト・シーンで泣かせる仕掛けとして使われている。
その直前、デリンジャーが密告されているのも知らずに入る映画館では、クラーク・ゲーブルの『マンハッタン・メロドラマ』が上映されている。劇中のゲーブルが「バイ!」と告げる別れの挨拶がジョンの気持ちに重なるのを、見ている者は感じてしまう。
そんな仕掛けや、30年代を象徴する大道具小道具の使い方が憎いほどうまいなあ。本物のスチュードベーカーの車が動いてメタリックな輝きを放ってる。無数のランプが灯り、コードが絡み合う電話交換室のビジュアルも見応えがある。フェティッシュな映像。デリンジャーが襲うファースト・ナショナル銀行や、銃撃戦の舞台リトル・ボヘミア・ロッジ、映画館のバイオグラフ・シアターなんかも、当時のまま残っている建物を使ってロケしている。
TVの『マイアミ・バイス』で名を上げたマイケル・マンを、けっこう面白い映画つくるなあと見直したのは『コラテラル』だった。それまではデ・ニーロとアル・パチーノ2大スター共演の『ヒート』はじめ、凡庸な監督って印象しかなかったからなあ。『コラテラル』ではじめて、激しいアクションのなかにトム・クルーズ演ずるクールな殺し屋の虚無をさらりと描いてみせる、独特のスタイルをつくったように思えた。映画版『マイアミ・バイス』や、この『パブリック・エネミーズ(原題:Public Enemies)』でも、その基調は変わらない。
細かく揺れる手持ちカメラで、時には近づきすぎて顔がゆがむほどクローズアップを重ねる画面。対照的に空や森が美しいロング・ショット。闇の艶やかさも素敵だ。発射音がずしんと響く銃撃戦も迫力があって、ノワール系アクション映画のツボを心得てる。撮影は『ヒート』『LAコンフィデンシャル』のダンテ・スピノッティ。
ビリーとの愛を絡めながら、銀行を襲い、捕まっても脱獄するデリンジャーと、彼を追うFBIのハーヴィス捜査官(クリスチャン・ベイル)との追跡劇が快いテンポでラストに向かってゆく。アクション映画として、たっぷり楽しめる。ただし、マイケル・マンのことだからスタイルが先に立ち、肝心のデリンジャーをはじめとする人物造形はいかにも弱い。
1973年にジョン・ミリアスが監督し、ウォーレン・オーツが主演した『デリンジャー』を見てるからなあ。ミリアス版の、殺伐とした時代のリアルな空気、何かに追われるように逃げつづけるデリンジャーの姿は忘れがたい。それに比べれば、マイケル・マン版はラブロマンスの色が濃く、甘い空気が強すぎる。ミリアス版に比べれば美男美女のカップルだし、名優ウォーレン・オーツとジョニー・デップの差も大きいかも。
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