『海角七号⁄君想う、国境の南』 背後のテーマ群
「コンサートもの」とでも呼べばいいのかな、主人公が紆余曲折をへてコンサートを成功させる音楽映画が流行ったきっかけは、1996年のイギリス映画『ブラス!』あたりだったろうか。群像劇プラス音楽映画の面白さがあり、どんな困難が待ち受けるかに社会背景がからむ。
日本でも『リンダ・リンダ・リンダ』『スイング・ガールズ』といった作品が記憶に残る。どちらも、とてもよくできた映画だけど、社会背景が希薄なのは良くも悪くもこの国の状況を反映しているんだろう。新しいところでは、ドキュメンタリーながら老年世代に光を当てた『ヤング@ハート』が素敵だった。『海角七号⁄君想う、国境の南(原題:海角七号)』は、そんな映画の台湾版。台湾映画史上No.1のヒット作になった。
これまで国際的に評価の高かったホウ・シャオシェンやエドワード・ヤン、ツァイ・ミンリャンの映画は、台湾では必ずしも多くの人々に見られていたわけではない。僕が15年前にホウ・シャオシェン・ロケ地ツアーのガイドをやったときも、彼の映画を見ている台湾人には、関係者を除けばほとんど出会わなかった。
台湾でインディペンデントに映画をつくる環境は貧しかったから、彼らは海外の映画祭に出品し、賞を得ることで日本やフランスから次回作の資金を調達するという戦略を取った。アート色が濃いそれらの映画、台湾での興行成績は、映画が台湾の政治を動かした画期的な作品『悲情城市』を除いてさほどよくない。
『海角七号⁄君想う、国境の南』は、質の高いエンタテインメントをつくることによって海外の映画祭で高い評価を得、台湾でも興行的に成功したことで、台湾映画に新しい局面を開いたと思う。
舞台は台湾最南端の町、恒春。台北でロックシンガーとして失敗し、夢破れた阿嘉(ファン・イーチン)がバイクで故郷に向かう。都会を離れ、バイクを走らせるにつれヤシなど南国の樹木が多くなる。冒頭のわずかなショットで、都市と地方というこの映画の主題のひとつをそれとなく示し、映画の背景となる南の風景を、これがこの映画の空気だよと教える。監督は長編1作目のウェイ・ダーション。
恒春では外部資本(台北資本?)のリゾート・ホテルが日本人歌手、中孝介のコンサートを企画している(中は実際に台湾で人気者)。町の実力者が横やりを入れてきて、前座に地元のバンドを使うよう強要する。公開オーディションが開かれ、阿嘉をリーダーに老若男女入り混じった臨時バンドが結成される。
恒春で仕事していた日本人モデル友子(田中千絵)が、バンドの面倒を見ることになる。友子はことあるごとに阿嘉に反発しながらも、彼に惹かれてゆく。そんなストーリーが時にコミカルなシーンを交えて語られる。
さらに、過去が重なる。郵便配達を始めた阿嘉が家に持ち帰った宛先不明の手紙は、植民地支配が終わった1945年、台湾から日本へ戻った日本人教師から、教え子で恋人だった台湾女性(彼女は小島友子という日本名を与えられている)に宛てたラブレターだった。朗読されるラブレターと引揚げ船の映像がインサートされ、現在の阿嘉と友子の心模様と二重映しになってくる。
そんな歴史意識の問題だけでなく、この映画には現在の台湾が抱えるいろんな主題が盛り込まれている。エンタテインメント映画だから深く掘り下げられるわけでないけれど、このあたりの描き方が日本の「コンサートもの」とは違う。
外部資本のホテル支配人と町の実力者が対立する、都市対地方というテーマ。バンド・メンバーの一人は漢民族ではなく少数民族として設定される、漢民族と少数民族の融和というテーマ(主役のファン・イーチンと、もうひとりバンド・メンバーになる役者は、実際に少数民族の血を引く)。
植民地時代に日本名を名乗らされていた台湾女性の姓は「小島」。監督は、この姓に小さな島である台湾を重ねたとインタビューに答えている。本人として出演する中孝介も奄美大島出身で島唄を基本とする歌手だから、「島」というのもテーマのひとつ。ホテルの女性従業員は日本嫌いで友子に冷たいのだけれど、その理由は遂に明らかにされない。
それらが重なって全体として台湾が置かれている現在が浮かび上がってくる。それが台湾の観客にとってもリアリティとして感得されたんじゃないかな。台湾語、北京語、日本語と3つの言語が飛び交うのも、現実をそのまま反映している。
監督のウェイ・ダーションはエドワード・ヤンの助監督を務めていた。そんな気配は見せず、エンタテインメントに徹した作品に仕上げたのは、キム・ギドクの助監督チャン・フンが壮絶なアクション『映画は映画だ』をつくったのに似ている。
もっとも、次回作は霧社事件をテーマにした『賽鄹克・巴莢』だという。『海角七号』は全体として親日的な空気に包まれているけど、霧社事件は日本植民地時代に少数民族が蜂起した事件だ。どう転んでもエンタテインメントにはならない。『海角七号』でさらりとスケッチされたテーマ群が、反転して前面に出てくるのだろうか。興味がある。


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