« 別所沼の葦 | Main | 京都ぶらぶら歩き »

January 27, 2010

『Dr.パルナサスの鏡』 鏡の向こうは極楽?

Dr

ヒース・レジャーが死んだという電話を受けたとき、テリー・ギリアム監督は、「これでこの映画は終わった」と思ったそうだ。無理もない。ヒースの出演を条件に資金を調達していたからだ(wikipedia)。そして「終わった」と同時に、「またしても」と思ったに違いない。

テリー・ギリアムは10年前にも「ドン・キホーテ」の映画化を企画し、クランク・インしたものの、主役の病気と突然の洪水でセットが失われたことで、撮影開始後6日で中止に追い込まれている。そのいきさつはドキュメンタリー『ロスト・イン・ラ・マンチャ』で見ることができる。監督の苦悩の表情が忘れられない。呪われた監督?

でも今回、テリーはあきらめなかった。何とか映画を完成させようと、まず撮影されたヒースの映像をCGで処理して残りをつくることを考えた。次に、代役の起用を考えた。幸い、現実と鏡の向こうの幻想世界とに大きく分かれた構成のなかで、現実の場面だけは撮影を終えていた。トム・クルーズが代役に興味を示したけれど、監督はヒースと関係が深い役者を起用することにこだわって、オファーを断った。

結局、『ラスベガスをやっつけろ』でギリアム作品に出たことのあるジョニー・デップ、ヒースと親しかったコリン・ファレルとジュード・ロウが役を引き継ぐことになった。いちばん大変だったのは『パブリック・エニミーズ』撮影中のジョニーで、監督は彼に1日と3時間だけ空けてくれ、と頼んだそうだ。だからジョニーの出演シーンはすべてワン・テイクの撮影。

そのせいではないだろうけど、完成した『Dr.パルナサスの鏡(原題:The Imaginarium of Doctor Parnassus)』、僕には圧倒的にヒースが出ている現実シーンのほうが面白かった。現代のロンドンに、怪しげな移動舞台を載せた旅芸人の馬車がやってくる。馬車が止まるのは、クラブがある高架鉄道脇の空地だったり、高速道路下の空虚な空間だったり、現代的な空間と19世紀の見世物みたいにいかがわしい移動舞台の取り合わせが面白い。

そんな異種混交の風景を背景に、ヒース(記憶喪失した謎の青年)はじめ、クリストファー・プラマー(1000歳になる不死のDr.パルナサス)、トム・ウェイツ(悪魔)、ヴァーン・トロイヤー(小人)といったクセのある役者たちが絡みあうグロテスクな楽しさ。

それに比べると鏡の向こうの世界は、最初の幻想シーン、空を漂う巨大クラゲに連れられて地球を見下ろす宇宙空間に行ったかと思うと、一瞬で地上に引き戻され、空想の城みたいなギーガー的風景に取り巻かれるあたりは新鮮だったけど、たび重なるうちに慣れてしまい、まあそんなものか、と驚きが少なくなってしまった。

こっちの感受性の問題かもしれないけど、僕の記憶では前作『ローズ・イン・タイドランド』や『ブラザーズ・グリム』の毒々しくエロティックな幻想世界のほうが刺激的だった。この映画の鏡の向こうの世界は、それに比べるとディズニーランドふうというか、極彩色のお気楽世界みたいな感じ。トム・ウェイツの悪魔も愛嬌あるし。もっとも、現実世界こそ怪しげで、鏡の向こうはけっこう能天気な極楽世界っていうのも悪くないか。

ともあれ、ヒースの死で中断されかかったこの作品を、ジョニーやジュード、コリンといった友人たちの協力で完成させたギリアム監督を寿ぎたい。そうでなかったら、莫大な借金を背負って再起不可能になったろうし、こうしてヒースの最後の姿を見られることもなかったんだから。


|

« 別所沼の葦 | Main | 京都ぶらぶら歩き »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 『Dr.パルナサスの鏡』 鏡の向こうは極楽?:

» Dr.パルナサスの鏡 /The Imaginarium of Doctor Parnassus [我想一個人映画美的女人blog]
{/hikari_blue/}{/heratss_blue/}ランキングクリックしてね{/heratss_blue/}{/hikari_blue/} ←please click ヒース・レジャーの遺作となってしまった本作、 鬼才テリー・ギリアム監督最新作はジョニー・デップ、コリン・ファレル、 そしてジュード・ロウが同一人物トムを演じて話題の1本{/m_0150/} テリー・ギリアムといえば、ブラピが豹変する「12モンキーズ」が一番すきだけど 「バロン」の世界観も大好き{/m_0136/} ... [Read More]

Tracked on January 27, 2010 10:20 PM

» Drパルナサスの鏡☆THE IMAGINARIUM OF DOCTOR PARNASSUS [銅版画制作の日々]
 これが本当のヒース・レジャーの遺作です。 テリー・ギリアム監督最高傑作と呼び声も高い「Drパルナサスの鏡」を鑑賞してきました。すでに鑑賞された方から聞いてましたが、結構ヒースの出番は多いです。撮影半ばで逝ってしまったヒースと3人がどんな風に繋げられているかがちょっと気になっていましたが。。。。意外にも違和感なかったように思います。現実世界の主人公トニ―役はすべてヒースが演じていたからかもしれませんね。結局撮り終えていないのは鏡の中の幻想世界だけということでした。 幻想世界は、作品の中に登場する... [Read More]

Tracked on January 27, 2010 10:56 PM

» 『Dr. パルナサスの鏡』 [ラムの大通り]
(原題:The Imaginarium of dr. Parnassus) ----おおおっ。これは噂の映画だニャ。 テリー・ギリアム監督の新作と言うよりも。 ヒース・レジャーの遺作ということで話題に。 確か、撮影途中でヒース・レジャーは亡くなったんだよね。 よく完成したよね。 「そうだね。 一時期は、『The Man Killede Don Quihote』の悪夢再びかと…。 ところが、それを救ったのが 監督、主演の関係で、その悪夢を共にしたジョニー・デップ。 最初は制作を中止にしようと思ったギ... [Read More]

Tracked on January 28, 2010 12:22 AM

» Dr.パルナサスの鏡 [★YUKAの気ままな有閑日記★]
言わずと知れたヒース・レジャーの遺作にして、映画撮影途中でのヒースの急逝を受け、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルがヒースの役を引き継いだ“Dr.パルナサスの鏡”。3人が亡きヒースの幼い娘に出演料を贈った―という美談も相まって、結構話題になっていますね〜風邪が酷くって出遅れてしまいましたが、、、観て参りました〜【story】2007年、ロンドン。パルナサス博士(クリストファー・プラマー)が率いる旅芸人の一座がやってきた。博士の出し物は、人が密かに心に隠し持つ欲望の世界を鏡の向こうで形... [Read More]

Tracked on January 28, 2010 08:22 PM

» 「 Dr.パルナサスの鏡 」 THE IMAGINARIUM OF DOCTOR PARNASSUS [俺の明日はどっちだ]
・ 「ハッピーエンドなの?」 「ゴメン、それは保証できないんだ」 舞台は現代のロンドン。パルナサス博士(クリストファー・プラマー)を座長とする旅芸人一座のウリは、本物の別世界へとつながる鏡。そこに入る人の心により、鏡の中の世界は鮮やかな変化を見せるのだった。一座はあるとき、なぞめいた青年トニー(ヒース・レジャー)と出会うが、この出来事が彼らの運命を大きく変えることに・・・。 『未来世紀ブラジル』、『12モンキーズ』、『ローズ・イン・タイドランド 』などで知られる鬼才テリー・ギリアム監督が送るファ... [Read More]

Tracked on January 30, 2010 09:45 AM

» Dr.パルナサスの鏡 / 79点 / IMAGINARIUM OF DR PARNASSUS [ゆるーく映画好きなんす!]
解り易いハズがどんどん混沌としていく・・・こ、これは!ギリアムの世界だ! 『 Dr.パルナサスの鏡 / 79点 / THE IMAGINARIUM OF DOCTOR PARNASSUS 』 2009年 アメリカ 124分 監督 : テリー・ギリアム 脚本 : テリー・ギリアム、チャールズ・マ... [Read More]

Tracked on January 31, 2010 02:45 AM

» 「Dr.パルナサスの鏡 」鏡の世界へようこそ、極彩色の夢 [soramove]
「Dr.パルナサスの鏡 」★★★★ ヒース・レジャー、クリストファー・プラマー、ヴァーン・トロイヤー、 ジョニー・デップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウ主演 テリー・ギリアム監督、97分 、 2010年1月23日公開、2009、年英、カナダ (原題:THE IMAGINARIUM OF DOCTOR PARNASSUS)                     →  ★映画のブログ★                      どんなブログが人気なのか知りたい← ヒース・レジャーの遺作... [Read More]

Tracked on February 01, 2010 07:59 AM

» 「Dr.パルナサスの鏡」ヒース・レジャー渾身の遺作。 [シネマ親父の“日々是妄言”]
[Dr.パルナサスの鏡] ブログ村キーワード  “鬼才・テリー・ギリアム監督、待望の新作”「Dr.パルナサスの鏡」(ショウゲート)。本作は、「ダークナイト」でオスカーを受賞した、ヒース・レジャーの遺作でもあります。撮影期間中に急逝してしまったヒース。製作中止の危機を救ったのは、ヒースの友人だった“3人のハリウッド・スター”でした。  2007年のロンドン。今にも壊れそうな旅芸人の一座の馬車がやってくる。出し物は人の心の欲望を、具現化して見せる“イマジナリウム”。座長である、自称1000歳... [Read More]

Tracked on February 02, 2010 10:15 AM

» 『Dr.パルナサスの鏡』2009年・イギリス/カナダ [おきらく楽天 映画生活]
『Dr.パルナサスの鏡』を観ました悪魔との契約で不死身を望んだ男を取り巻く人々の皮肉な運命を豪華キャストで描く『ブラザーズ・グリム』などの鬼才、テリー・ギリアム監督による幻想的なファンタジーです>>『Dr.パルナサスの鏡』関連原題:THEIMAGINARIUMOFDOCTOR...... [Read More]

Tracked on February 05, 2010 12:16 AM

» Dr.パルナサスの鏡 [映画的・絵画的・音楽的]
 『Dr.パルナサスの鏡』をTOHOシネマズ六本木で見ました。  『ダークナイト』のジョーカー役が忘れられないヒース・レジャーとか、『パブリック・エネミーズ』で活躍したばかりのジョニー・デップなどが出演するとあって、公開されてから1週間もたってはいませんでしたが、見に行ってきました。  この作品の物語は、設定が現在で舞台はロンドン。ただ、そこに登場するのは、「Imaginarium」という幻想世界を見させてくれる道具を操る見世物一座で、それは馬が牽いて移動したりしますから、どうしても19世紀以前... [Read More]

Tracked on February 10, 2010 06:29 AM

» Dr.パルナサスの鏡 [海辺のランナー、もぐらのブログ]
今、ロードショー中の映画。 昨日観た。 ジョニーデップや急死したヒースレジャーが出演している。 送料無料 CD/サントラ/オリジナル・サウンドトラック『Dr.パルナサスの鏡』/RBCX-73... ¥2,730 楽天 ※モバイル非対応 ジョニーデップが出ているので、たぶん... [Read More]

Tracked on February 14, 2010 09:09 PM

« 別所沼の葦 | Main | 京都ぶらぶら歩き »